その2 かみなり

 雷。


 もともとは神鳴りと言われており、天に住む神様が鳴らしているものだとされ、そう言われていたのが今は雷になったらしい。


 昨今、雨が降っているとセットで付いてくるのが雷である。むしろ、雨が降っている時に雷が鳴らないほうが珍しいくらいになっている。いったいどこの熱帯地域だと言いたいが、ここは日本である。特に夏は蒸し暑い上に雨が降り、さらに雷まで鳴るのだから嫌な夏の風物詩三セットである。最近はそれがバーゲンセールだと言わんばかりに叩き売りされるのだから、雷嫌いの私にしてみれば迷惑な事この上ない。


 私は雷が嫌いである。


 子供の頃はそうでもなかった気がするのだが、年齢を重ねていくうちに苦手意識が積もりに積もって、最終的に嫌いまでに至った。雷は神鳴りとも言われ、そう聞くとありがたいものか何か神聖な響きに聞こえなくもないが、嫌いになってしまったものは仕方がない。


 子供の頃は、雷が鳴るとヘソを隠さないととられちゃうぞ、というどこから伝わったのかわからない伝聞で本気でヘソを隠してきゃっきゃしていた。どういう原理でそうなるかはわかっていなかったが、親曰く「人間の体はヘソが避雷針的な役割をしていて、雷が落ちるとヘソから体に電気が流れるんだよ」と言われていたのだ。子供の頭で真偽がわからない故に、その親の嘘八百は当時の私からしてみればまさに神からのご神託に等しい魔力を秘めており、雷が鳴ると急いでヘソを隠していた。傍から見ると、それは下痢に苛まれる児童以外の何者でもなかったらしく、「どうしたの? お腹痛いの?」と周りから雷が鳴っているときに心配されたりもした。


 だが、最近の私は雷が嫌いなためか、鳴っている時はお腹が緩くなることが多々ある。普段ボケっとしているくせに雷が鳴る音だけは犬よりも早く音を聞き分けて一目散に建物の中に入ろうとする。場合によっては、空気の暖かさや冷たさと空模様だけで判断して、雷が鳴る前に対策を講じることもあるくらいだ。それくらい、今の私は雷が怖い。日本列島全体を雷から守るシェルターで覆ってほしいと思うくらいだ。


 どうして私がそこまで雷が嫌いになったかというと、通勤途中にある鉄塔に、目の前で落雷が起きたことが一番の理由だと思っている。雷というのは、遠方で鳴っていて落ちているなぁとは思っていても、それは対岸の火事のごとく思っていたため、まさか自分の目の前で落ちるとは私自身、思ってもいなかったのだ。


 その時の私の心は、もはや干ばつ地域に雨を降らせんと必死になる雨乞い師のごとくである。ニュアンスは全く逆ではあるが、必死さでは変わらない。一秒でも雨を早く降らせねば作物が育たぬ飢え死にしてしまうと神に祈りを捧げる雨乞い師と、雷よ頼むから静まってくれ間違っても自分に向かって落ちてこないでくれと神に祈りを捧げる私の心は、祈る向きは違えど強さは同じであった。


 そういう体験もある故に、私は雷が怖いものと認識している。今まで落ちるはずのないものが実際に落ちているのを見てしまったのだから、それはまるでUFOを目撃した未確認生物学者のごとくである。空想上のものと思われていたのを実際に目の当たりにするというのは、それだけ衝撃があるのだ。


 雷への恐怖は年齢を重ねていく度に肥大化していく。一度根を張った雑草はいくら抜いても根がある限りは生え続けてくるように。脳から雷への恐怖心を司っている細胞をレーザーで焼き払ってほしいくらいには怖いと思っている。


 私の雷への恐怖心は並々ならぬものがあり、仮に建物に入って安全圏に入っても続く。というのも、音が苦手なのだ。さらにいうとピカっという光も怖い。いな光りを見た私の心臓は通常の三倍の速度でビートを刻み、それに遅れてやってきたぜとばかりに雷のゴロゴロという音がドラムのごとく合わせてくる。私の中でちょっとしたバンドが結成される瞬間である。その結成されたバンドは雷雲が過ぎ去るまで解散することはなく、私の中で演奏を響かせる。いな光りはさしずめスポットライトといったところか。ボーカルは、私が時折雷に驚いて出す悲鳴である。ギターとかベースとかいないではないかと言われるかもしれないが、そんなものが現れた日には私のSAN値が削られていく。





 雷の発生するメカニズムを大学の講義で聞いたことがあるが、私はそんなことよりも雷から怯えずに済むように雷雲を発生させないようにする天候操作装置の作り方を教えてほしかったと、雨雲を見上げながら私は切に思うのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る