第18話 三〇〇一年七月二十四日、東部地下研究所

 漫画やゲームの世界で研究者が登場したならば、彼らは高い確率で白衣を羽織っているか、アヤシイ薬品が入った試験管を振っていることでしょう。そして、非道徳的な思想のもとに人体実験を繰り返すマッドサイエンティスト的な性分であることがほとんどです。


 え、どうして決めつけるのかって? もちろん、それがテッパンだからですよ。読者様は彼らが白衣を羽織ることを期待していて、マッドサイエンティストであることを強要しています。


 ですから王道ファンタジーを謳うこの物語としては、彼女もそういう気質であったことは極めて幸運だったといえます。


「おはようございますXえっくす、随分醜悪しゅうあくな姿になりましたね。キミもそろそろ潮時なんやろか?」


 彼女は読者様に忠実なのでしょう。己の役割を理解しているからこそ、需要に応えるように白衣を羽織り、需要に応えるように闇の人体実験に手を染めていました。ついでにエックスだなんて幼稚な呼称を恥じらいなく言えてしまうのですから、それはもう少年漫画的であります。


 ただ一つテンプレートでない点があるとすれば、彼女がまだ年端のいかない少女だということでしょうか。幼稚な呼称以前に実際に幼稚なのですから詮方ないといった具合です。まだ十歳にも満たない固いつぼみのような少女は、胸元まである大きな台に置かれたに、そう声をかけました。


「ア……ガァッ…………」

「うんうん、今日も元気に生を全うしているようやね。ほんなら、始めましょか!」


 その肉塊様は不運にも今日まで死に損ねておりました。非道な人体実験の限りを尽くされた彼の身体はもうぐちゃぐちゃです。四肢はまるで握った折り紙のようにくしゃくしゃに潰れ、頭皮はめくれあがって赤黒く爛れています。胸元からへそまでは縦に大きく開かれていて、そこから肝臓だとか大腸だとか、固まった血液に覆われてなにがなんだか判別できないグロテスクな臓器たちが姿を覗かせています。


 おお、こわいこわい。天才非道少女、おおこわい。


「再度忠告しておきます。ウチは手足や臓器までなら修復できるけれど、呼吸や血液循環が止まれば終わり。くれぐれも延命措置を怠らんといてください。あなた方がこれ以上、戦場で死体を漁るような真似をしたくなかったら、です」

「御意」


少女は悪の科学者のイメージ通り、全身を青のビニールに包んだ闇の執刀医たちに指示しました。少女のマッドサイエンティストっぷりはまだまだ止まりません。


「とりあえず肋骨ろっこつ、ええっと、ひい、ふう、みい、よー、上から四つ目の肋骨が邪魔やから取っちゃってください」

「御意」


 ろ、肋骨を取り出すだなんて! ああ、想像しただけで胸がギュッとなってしまいます。彼女が剥き出しとなっている肉塊様の肋骨にさよならを告げると、執刀医たちがすぐさま鋭利なナイフを突き立てました。程なくして肉塊様が断末魔をあげます。


「ガッ……! アアガガアァァァァ!」


骨と筋肉を繋いでいる薄皮を躊躇することなく剥がしていきます。痛い痛い痛いああもう見ていられません!


「……うるさいですね、やはり喉も潰しておくべきだったでしょうか。あーあ、麻酔があればなあ。まさか大国オーガット様が在庫を切らしちゃうなんて、考えとらんかったわあ。……あなた、上に文句、言っといてくださいね」

「…………御意」


恐るべきヒステリー少女です。心なしか執刀医の手も震えております。まさかあのに怯むことなく諌言するだなんて。……あ、いえいえ、なんでもございません。ああもう、一々気にしないで! 実は戦時中に軍事開発のために国家ぐるみで闇の人体実験を行っていたとか、そんな陰謀論じみた話は一切ございませんから!


「とうとう大詰めやね。Secondmarrowの移植に移ってください」

「……御意」


彼女はまたもや幼稚な響きの横文字を口にしました。執刀医が妖しく黒光りする、幼稚な響きのソレを、肉塊様の胸骨に突っ込みます。なんだかよく分かりませんが痛そうです。


「アッ……! ガアッアアアアアアア!」


肉塊様は呻吟しんぎんしました。まるで憎悪に身を焦がれ、この世全てを喰らわんとする悪鬼のように。


「か、完成やあ……。やった……! ウチはやったんや!」


少女は年相応の、しかしやたらと悪の組織感が溢れ出ているこの場においてはあまりに不相応な、じつに無邪気な笑顔を見せました。それを合図に、執刀医がグロテスクな臓器たちを次々に地面に落としていきます。肺、心臓、肝臓、膵臓、小腸、……ああキモチワルい! 小腸キモチワルぅ!  


 ……すると、なんということでしょう。肉塊様の脊髄から、薄桃色の新たな臓器がぶにゅぶにゅと産まれてくるではありませんか。四肢は風船に息を吹き入れたようにぷりんと膨れ、頭蓋骨が露出していた頭皮もみるみると元通りになりました。


「ほら、やっぱりウチの思ったとおりや! キミなら被検体Xになってくれると信じてたんやで! オートマタは想像上の産物なんかやなかった!」


 少女は狂喜乱舞といった風に天井に向かって叫びました。おかげですぐには気づけなかったのでしょう。


 ――――肉塊様を囲んでいた執刀医たちの首がとんだことに。

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