第14話 まるで、私が土方君に負けたみたいじゃない。
かくして僕は、幻の辻斬り丼誕生秘話を知ることになる。酸の海に浮かぶそのカツ丼は、僕らの兄分こと土方翔が、今から一年前に創造したのだという。
「オレ、こう見えて自炊するんだけどよ。これ、けっこうモテポイントだぜ? ついでにもういっこ言うと、オレ、こう見えて天才なんだよね。だから辻斬り丼が完成したときに、ビビっときちまった。そうだ、こんな美味いもんはみんなで食べなきゃもったいねえ、ってな!」
兄分は親に自慢話をする子供のように嬉々として言った。
「それで、西武食堂の厨房に忍び込んだソイツは、普通のカツ丼と幻の辻斬り丼をすり替えたんだよ」
「ちょ、ちょっと待て。どうして兄分はそんな面倒なことをしたんだ? 普通に友達に食べてもらう方がよっぽど良いはずだ」
そう言うと、兄分が深刻そうに答えた。
「それがよお、オレのダチ公、つうか家族? とにかくソイツら、オレの作った物は絶対に食べてくれないんだよね」
「賢明ね。私もあなたの料理は二度と口にしないと決めているわ」
長い黒髪をなびかせながら木之本さんが言う。久しぶりに口を開いたかと思うと、すぐに手元の小説に顔を落とした。その仕草があまりに自然だから、かえって僕らの話に関心がないことをアピールしているのではと邪推してしまう。それでいて隙あらば小言を挟んでくるあたり、彼女もまた、一種のかまってちゃん的側面があるのかもしれない。
「それですり替えられたカツ丼を食べたのが、不運にもウチの可愛い梓ちゃんだったの。あの時は焦ったなあ、だって梓、泡吹いて倒れちゃうんだもん」
「誤解を招くような表現はしないで。まるで私が土方君に負けたみたいじゃない」
「……たぶんだけど、そこで見栄を張る必要はないよ梓ちゃん。事実、救急車も駆けつけて大騒ぎになったんだから」
き、救急車⁉ もはや一種のテロ行為だな……。口にはせずとも若干の暗雲が立ち込め始めていた兄分への信頼に、また一段と分厚い雲がかかってゆくのを感じる。
「わ、悪かったって。オレもあんときばかりは反省したぜ……」
「まっ、そのおかげで翔と友達……は願い下げだけど、まあ相手をしてあげる仲になったんだしね」
「えっ、オレたちダチ公じゃなかったの⁉」
食堂に兄分の悲痛な叫びが響いた。
――なるほど、それで噂に尾びれがついて、幻の辻斬り丼だとか、超非常勤婆ちゃんとかいう頓珍漢な都市伝説になったのか。その頓珍漢っぷりとは違い、真相は淡白で拍子抜けなものだったけれど、都市伝説とは元来そういうものなのかもしれない。ならば、僕がこれからとるべき行動は決まっている。
「兄分、もしよかったら、僕に幻の辻斬り丼をご馳走してくれないかな?」
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