第13話 あ、オレの名前は土方翔だぜ。
「オレは思うんだがよ、少年。ダチ公との繋がりに、名前なんて不要だ。だから俺は名乗らねえぜ。大切なのはハート、そうだろ?」
小柄ながら派手な金髪に負けない、派手で屈託のない笑顔。そして何物にも囚われない無邪気さを象徴するような白い八重歯。まるで少年マンガの主人公のような、というより、少年マンガのどの主人公よりも少年らしいのではという失礼な考え(彼と少年マンガの主人公双方に対して)に到らせる魅力がある彼は、僕の左胸を、マイハートを指差してそう言った。
僕らのヒーローにふさわしい、キザなセリフってやつだろう。僕のような臆病者ではたちまち赤面してしまうような口上を平然と言いのける彼に、僕は一種の感動を覚えた(決して皮肉的な意味合いではない、決して)。
ならば、僕も全身全霊をかけて彼に応えるべきだろう。
「ああ、僕たちはソウルメイト、いや兄弟だよ!」
「ガッハハハ! では少年は今日から我が弟分というわけだ! よろしく頼むぞ」
僕らの兄分は爽やかにそう言った。
「……遠矢くん。意気投合するのは構わないけど、多分ソイツは君が思ってるような人間じゃないよ? ソイツはね、すうっーごいバカなの。類い稀なるバカだよ? 君よりチビなクセに、そもそも同じ十九歳のくせに、調子乗って遠矢くんのことを少年って言っちゃうような大バカ野郎だよ?」
「忠告するだけ無駄よ。やはり雑草は雑草に惹かれるのね。厄介なひっつき虫が取れて清々したと考えるべきだわ」
やはり不幸にも、女性陣は僕らの兄分を蔑むことに必死だった。これは僕が弟分第一号として、妹たちにお休を添える必要があるだろう。
「そこまでだ、お前たち。これ以上僕の手前で、えっと、兄分を愚弄するようなら」
「あ、オレの名前は
「…………え?」
「いや、やっぱ名前分かんねーと不便じゃね? なんつーか、常識的に」
「そ、そうだね。僕も正直そう思ってたよ」
「うえへへ、だから言ってんじゃん。ソイツ、バカなんだって」
夏希は僕らの様子がよほど面白かったのか、ヨダレを垂らして大喜びしている。相変わらず良い性格をした奴である。
ふと、兄分の右手に添えられている黄色のスチール缶が目に入った。
「ねえ兄分、あんたが持っているそのスチール缶って」
「ん、ああ、これか? ぶっ倒れるような酸味がたまんなくてよ。最近はオールウェイズ持ち歩いてるぜ」
兄分が差し出したスチール缶には、彩度の高い黄色にポップな字体で『百人飲んだら五人死ぬ!』の文字。宣伝文句で人が死ぬのだから、ナルホド危険である。なんとも反応に困っている僕を見かねたのか、久方ぶりに木之本さんが口を開いた。
「濃縮NO還元五百%レモンジュース。妙な語呂の良さ以外は、致命的に考えなしの商品よね」
今度は夏希が付け加える。
「要するにソイツがバカだから、飲んでる物もバカなんだよ」
濃縮NO還元五百%レモンジュース。濃縮したレモン果汁をあえて還元しないことで、果汁五百%という驚異の数値を叩き出した伝説のジュースだ。その猟奇的な酸味は、鼠までなら殺すと噂されている。僕が色々と無知であることはごく最近に学んだばかりだが、それでもこのジュースは以前から知っていた。なぜなら、僕の家には幸という熱狂的な愛飲家が居たからだ。
「それ、僕の家族が大好きなんだ」
「うおっ、マジかよ! オレ、実は他に飲んでる奴見たことないんだよ。ソイツとはダチ公になれそうだぜ」
「やっぱり、遠矢くんの家族、ちょっと変わってるよね……」
とりあえず、逐一ああ言えばこう言う、いわゆるかまってちゃんのことは気にしないことにした。僕のことではないにしろ、接点のない者同士の共通点を発見するのは嬉しいものである。
兄分との心の繋がりを噛み締めていると、かまってちゃんが僕の邪魔をするように話しかけた。
「それより遠矢くん、今のって、漫画とか小説とかでいうところの伏線ってヤツなんじゃないかな」
「は、なんだよそれ」
「考えてみてよ、翔は濃縮NO還元五百%レモンジュースっていう、とち狂った物を飲むような超酸味好きなの。でも、この食堂には猟奇的な酸味をもつ物がもう一つあったはずだよ? 都市伝説として語り継がれるほどの強烈な酸味をもったソレと、自分以外は誰も飲もうとしないジュースを好む翔は、果たして無関係と言えるかな?」
「ま、まさか――――」
たしか夏希は、ソレのことを懐かしいと知っている風に話していた。メイド喫茶ではソイツ、と小馬鹿にしたようにも。
「えへへ、そうだよそのまさかだよ。西部食堂に伝わる幻の辻斬り丼は、翔が生み出したゲテモノ料理なんだ。君が文字通り死ぬほど会いたがっていた超非常勤婆ちゃんは、そこのバカのことなんだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます