第11話 西オーガット魔法線をご利用いただき、誠にありがとうございました。
そそくさと歩く夏希の後を追い、本日三度目の邂逅となったエキインさんにこっぴどく叱られ、あわや警察沙汰という一悶着を乗り越えた後に、僕たちはようやく秋羅原駅のホームへと帰ってきた。トンネルの奥からぼんやりと光が姿を見せ始める。電光掲示板には普通の文字。
「ほら、電車くるよ遠矢くん。早く飛び乗らないと」
彼女があまりにも平然と言うのでつい足を二、三歩前に出してしまったが、彼女の子猫にも勝るエネルギッシュさには、僕への悪意が混在していることを思い出した。僕はできるだけ平然として返答する。
「そしたらおまえ、また僕を押し倒してくれるのか?」
「なっ……!」
白い柔肌が林檎のように紅潮した。勝ったな、と思った。そして自分を讃えた。
やがて電車は、まるで溜め息をつくようにプシュウと停止した。その存在感に圧倒された僕は、彼女の背中にぴったりして乗車する。
「電車って、案外人多いんだな」
「……遠矢くん、声でかい」
小声で僕を睨みつける。
「あ、ごめんなさい……」
しまった、電車での大声はマナー違反なんだった。
薄暗い車内に、錆びた車輪とレールが衝突する音だけが響く。その響きは、まさしくガタンゴトンだった。
……
「まもなく、西部大学前。西武大学前。本日も西オーガット魔法線をご利用いただき、誠にありがとうございました」
夏希はそそくさと電車を降りたかと思うと、今度はそそくさと階段を上っていく。僕は金魚のフンのように彼女に必死についていくことしかできない。
「なあ夏希、電車ってやっぱり、速いんだよな? 」
「そうだよ。たしか時速五百キロメートルくらい」
「ご、五百⁉ ……って、速いのか? 」
例のごとく全くイメージが湧かない。
「そりゃあ速いんじゃない? なんたって魔法線だしね」
「魔法線?」
「……ねえ遠矢くん、いくらなんでも魔術を知らないなんてことはないよね?」
彼女が口をひきつらせながら尋ねてくる。知らない、と言ったら何らかの物理的制裁を加えられる気がした。
「あ、ああ魔術な。知ってるに決まってんだろ? えっと……すげー美味いよな」
「呆れた。本当に何も知らないんだね」
……なんでバレたんだろう。
「じ、冗談だよ冗談。言葉の意味は分かるんだけどさ。超常現象、的なことだろ? でも、爺ちゃんあんまり詳しく教えてくれなかったっていうか」
「あっそ、じゃあ愚図な遠矢くんに一回だけ教えてあげる。戦時中、突如として人類が発現した異能の力、それが魔術。陣営が東西に別れていたのは知ってるよね? 魔術は元々、東で生まれた技術なの」
どこか遠い目をしながら淡々と語る彼女だが、その瞳には強い怒気がこもっている。まるで僕と目が合うことを避けているみたいに。
「ああもう、一々むしゃくしゃするなあ!」
「わ、悪かったよ。僕の勉強不足を認める」
「それは……たぶん違うよ。君が悪いんじゃない。君もムカツクけど、一番はあんたのお爺さんの方。魔術すら教えないなんて、とんだインチキ野郎だよ、ソイツ」
彼女はどうしても爺ちゃんのことを悪く言いたいようだった。
「だから爺ちゃんのことは悪く言うなよ。爺ちゃんは戦争の話をしたがらないんだ。悪いのは全部、自分で学ぼうとしなかった僕の――――」
「――――あのねえ、言い方良くないけど、そんなの誰だって同じだよ。この国の人はみんなあの地獄を生き抜き、乗り越えた人。魔術っていうのはね、つまりは戦局を泥沼にして、犠牲者を増幅させた諸悪の根源なんだよ。 私は構わないけど、もし魔術にトラウマを抱えている人に向かって、何も知らない君が軽率な発言をしたらどうなると思う? 君の尊敬するお爺さんは、そういう人たちのことを少しも配慮していないんだよ」
「それは……」
整然と、それでいて
彼女だって戦争で辛い思いをしたはずなのに、私は構わない、なんて悲しい言葉を言わせてしまった自分がやるせなくなる。僕は最低だった。
「ごめん、夏希の言う通りだ。僕はずっと、無知を言い訳にしていたのかもしれない。戦争のこと、もっと向き合わなきゃ駄目なのに」
「だから君が謝ることじゃあ……! もういいや。あのね遠矢くん、君の良いところは素直なところだと思うよ」
「な、なんだよやぶからぼうに」
ずっと怒り口調だった相手に急に褒められては、どうも調子が狂ってしまう。顔色を伺うように彼女を見ると、そこにはもう普段の彼女の顔があった。
「べつに、魔術は人を殺したばっかりじゃないんだよ。戦争が終わって、十年でここまで復興できたのもまた、魔術のおかげなの。電車が速くなったのだって、
「みどり?」
「こっから先は、
「梓って、夏希の友だちか?」
「まあまあ落ち着きなさい遠矢くん、どうせすぐ会えるんだしさ。ほら、君がバカ晒してる間に着いちゃったよ」
「え?」
僕たちはいつのまにか、西部大学の門の前に立っていた。広大な敷地にキレイな校舎。中に居る人は大学生だから、年は僕と同じくらいだろうが、なんだかみんな賢そうに見えるな……。
「じゃあ無駄話は程々にして、さっさと行こっか。展開遅いと飽きられちゃうよ」
彼女はぶっきらぼうに言い放つと、またそそくさと歩きだしてしまった。それから僕がどれだけ話しかけても、彼女が相手にしてくれることはなかった。
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