第8話 じゃじゃーん、おつにゃん特製の、萌え萌えおむらいすでーす!
カランコロン――――
「あぁー、なっちんだぁー! もぉー寂しかったんだからねぇー」
甲高い猫なで声とともに、店の奥から白と黒のエプロンドレスを着た女性が現れた。頭には大きな猫耳がついている。それは正真正銘、本場のメイドさんだった。いや、正真正銘のメイドさんはメイド喫茶ではなくどこかの宮廷のような場所に居るだろうから、では目の前のハデハデしい女性は何者か、と問われると色々こんがらがってしまうのだけれど。
僕の腕を爪が食い込むほど強く掴んでいたはずの彼女の左手は、気付けばメイドさんの手に吸い寄せられていた。仲睦まじく指を絡めている。
「これはこれはおつにゃんじゃないか! 私もすっごく寂しかったんだようぺらぺらぺら……」
彼女は先程とは別人のように目をハートにして飛び跳ねている。
……常連、なのだろうか。ひとしきり彼女らがぴょんぴょんしあった後に、僕たちは角のテーブル席へと案内された。
それにしても、壁やら照明やら、やたらめったら桃色である。ピンクなお店とピンク色のお店ではまるで意味合いが違うだろうが、とにかく落ち着ける雰囲気ではない。
僕と彼女が向かい合うように桃色シートに着席したところで、おつにゃんと呼ばれていた銀髪の女性、ことメイドさんがほとんど絶叫に近い声をあげた。
「それでは改めましてえ……お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様あああ!」
「お帰りなさいませえぇぇい!」
おつにゃんさんに合わせて小さな店内を忙しなく駆け回っていた三人のメイドさんが絶叫そのままに復唱した。……なんというか、怖かった。メイド喫茶というものはもっと可愛らしいアットホームな雰囲気を大切に接客するものではなかろうか。さながら強豪野球部のような怒号をあげるメイドさんにはかなりのインパクトがある。アットホームを通り越して寮生気分になれるメイド喫茶。それが「めいどみとりぃ♡」たる店名の所以らしい。なんと業の深いことか。
「ご、ご主人……はちょっと」
僕は蟻のような声でぼそっと呟いた。半分は恐怖、もう半分は羞恥心である。そして、今すぐ蟻になりたいと思った。
「じゃじゃーん、おつにゃん特製の、萌え萌えおむらいすでーす! 美味しくなぁれ♡美味しくなぁれ♡ご主人様もご一緒に……美味しくなぁれえぇぇ!」
可愛らしい萌え声と怒号を使い分けるおつにゃんさんに、僕の情緒はもうぐわんぐわんである。ぐわんぐわんはぐわんぐわんなのだが、しかし不快なぐわんぐわんかと問われるとそうでもなく、少しだけ、常連客の心理が分かるような気がしないでもなかった。そんな未知との遭遇真っ最中で
「美味しくなぁれ!」
僕はそんな彼女に軽蔑などはせず、というよりむしろ尊敬の念を抱くのだった。
やがておつにゃんさんは別のご主人様のお給仕にまわり、テーブルには僕と彼女と萌え萌えおむらいすだけが残された。
こんな紛うことなき異世界空間で、まだ名前も知らない女性と楽しく談笑できる男子などおるであろうか?
……いや、多分いないんじゃないかな。気まずくなる前に、とりあえず目の前のオムライスを一口頂くことにする。
「…………美味しい」
不意に、口から言葉がこぼれた。これが萌えと強豪野球部の力なのだろうか。決して交わるはずのない異文化が混じりあった結果、見た目の派手さとは反対に、素朴な卵の甘さを感じる。
「で、ですよねッ! おつにゃんの萌え萌えおむらいすは、世界一の愛と萌えが詰まってるんです! こんなのチートですよ、チート! 」
彼女はバンッとテーブルを叩き、顔をぐいっと寄せてきた。
「う、うん、美味しいよ。世界一、かもしれない」
「あ、いややっぱり世界一じゃないです! 宇宙とか銀河とか、もうそんなレベルです! もうほんと、美味しすぎます!」
す、すごい熱量だな。彼女が僕の両肩を掴んで前後にガシガシするので、僕は椅子ごと後ろに倒れそうになる。
「私、おつにゃんのオムライスのために生きていると言っても過言じゃないんです! おつにゃんのためなら、嫌なことがあっても頑張ろうって思うんです! だから――――」
すると一転、彼女は悲しそうに僕を見つめた。長いことハートになっていた彼女の目が、じんわりと潤み始める。
「だから、自殺なんてしちゃだめです……」
「――――えっ?」
「だ、だから、自殺なんてやめてくださいっ! ここに来たらおつにゃんのオムライスと、たまに、ていうか十中八九私が居ますから、だからどうか、どうか……」
「ちょっ、ちょっと待って……! 僕は自殺なんてしないし、しようとも思ってないよ!」
「――――えっ? 」
「――――えっ? 」
双方、頭の上に巨大な疑問符が浮かぶ。混乱が混乱を呼び、店内の雰囲気も相まってまさに異世界である。カオスというべき混沌の迷宮に、僕と彼女はずふずぶと入り込んでいった。
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