第6章 魔法使いの星
日々はあっという間に過ぎて、期末テストも終わり、夏休みがやってきた。僕たち三人は昼食を食べ終えて集まった。
「人目がない森に行ったほうがいいかな」
ユキの言う通りに僕たちは電車に乗って森へと向かった。森の中は、夏なのに、風が吹くと涼しかった。辺りは見渡す限り緑だらけだった。ユキが「ここだ」って言って歩みを止めると口を開いた。
「あのね、ここまで来て言うのもなんだけど、絶対成功するかはわからない。なんとなく小さいときに聞いた記憶だから。失敗すれば宇宙の真ん中に移動してしまうかもしれない。うまく移動できなかったら、死んでしまうかもしれない」
マサがユキに言った。
「それでもついて行く。だって、このままじゃユキは死んじゃうじゃん。ユキとこれからも一緒に過ごしたいもん」
僕も答えた。
「僕も、もちろん行くよ。約束したんだから、絶対に破らないし、もう二度とユキを危ない目には合わせないよ。それにユキのことを信じてるから」
「二人とも、ありがと。じゃあ、あたしが魔法を言ったら...」
「あなたが、魔法使いか。ちょっとこっち来いっ!」
大きな男がユキの腕を掴んで引っ張っていった。
「岩代教授!?」
僕たち二人は驚いた。なぜ、教授がここにいるのか。
「ちょっと、放してよ!」
教授はユキから、何かを取って、話し始めた。
「私はあの講演のときに、一人、様子が違うことに気づき、すぐにお前たちの学校へと向かった。そしたら、空を飛んでいたこの子を見つけた。そしてこの盗聴器を仕掛けてここまで来たというわけだ。魔法使いはいてはいけないんだ!存在してはいけないんだ!」
教授はそう言うと、拳銃を取り出して僕たち二人に向けた。
「お遊びはここまでだ。魔法使いの星に移動する魔法を言え!わたしは、この世界を魔法使いから守るんだ。言わないと、この二人を撃つぞ」
僕たち二人は顔を見合わせて、頷き合ってから、教授へと突進していった。
「ハル、マサ、逃げて!」
ユキがそう叫んだが構わず突き進んだ。マサが「ユキが何か悪いことをしたっていうのかよ」と叫びながら教授の右手に向かって回し蹴りをした。拳銃は、彼の手から飛んでいった。僕はそれを拾って川の中に投げ捨てた。
「貴様らぁ」
教授が声を上げるが、マサが教授に向かって回し蹴りをし、その間に僕はユキの腕から教授の手を払いのけた。
「フライスタ レオ ヴィリーズ」
教授の腕から解放されたユキはそう唱えた。すると、彼はその場で動かなくなってしまった。マサがユキに尋ねた。
「今の魔法って?」
「一時間動けなくする魔法よ。ついでにもうひとつ」
ユキは目を閉じて言った。
「ミニガ フリジュゴウ ブルツ」
僕は魔法に関する知識はないはずだ。魔法も使えないはずだ。それなのに、この魔法に、僕は聞き覚えがあるような気がした。僕もユキに尋ねた。
「今の魔法って?」
「これは、相手を寝かしつけて記憶を消す魔法よ。前の講演からの記憶を消しておいたからこれで大丈夫ね。それじゃあ、魔法使いの星に移動する方法を言うね。もう一度言うけど、命がけかもしれないけど...」
ユキが言い終える前に僕たち二人は言った。
「それでも構わない」
「じゃあ、まずあたしが魔法を言うからそのあとに「メタスタシス」って言ってね。じゃあ、二人とも目をつぶって」
ユキが息を吸う音が聞こえて、そのあと彼女の呪文が聞こえた。
「ファロウイ サティジョルヌ トフラマンシンス」
僕たちは彼女に続いて言った。
「メタスタシス」
すると自分自身は動いていないのに空間が動いている。そんな不思議な感覚に身を包まれた。
「ハル、マサ、もう目を開けていいわよ」
目を開けると僕たちはまったく違うところに来ていた。魔法使いの住む場所は地球とは別の星。辺りには地球では見られない植物がいっぱい生えていた。ユキは歩きながら「ここが魔法使いの住む星よ」と説明してくれた。歩き疲れて少し休みながら辺りを見渡している間、ユキは近くにいたお婆さんに声をかけていた。どうやら、魔法使いから普通の人間になりたいと、事情を説明しているらしい。するとお婆さんは僕たちとユキを眺めてから口を開いた。
「人間の血も引き継いでいるあなたなら問題なく普通の人間にできるわ。でも、記憶が消えるかもしれないわ。ここで魔法使いとして生きていくという選択肢もあるけど」
「記憶が...消える...。あたしたち三人で過ごした思い出も?でも二人は地球に戻らないといけないからあたしが残れば三人でいることはできないし...」
ユキは泣いていた。そんなユキに僕たちは言った。
「大丈夫だよ。忘れても何度だって友達になってやるし、何度記憶がなくなっても思い出させてやるよ」
「うん、ありがと。お婆さんお願いします」
「じゃあ、この近くにおうちがあるから案内するわ」
お婆さんは僕たちを家に招き入れてくれた。そこでいただいたお菓子や飲み物は地球にないものばかりだったがとてもおいしかった。
「じゃあ、ユキさん始めましょうか。ここに横になっておいて」
ユキがソファーの上に寝転がると、静かに目を閉じた。お婆さんは呪文を唱えた。
「ステネイテ マンレガー」
そう言い終えると、お婆さんは「ちょっと飲み物を取りに行ってくる」と言って台所の方へと行ってしまった。僕たちは、そこで気づいてしまった。ユキがまったく息をしていないことに。
「おい、ユキぃ~。嘘だろ。冷たい」
マサも動揺していたが、僕だって同じだ。守るって約束したのに守れなかった。
「ユキ、頼むから目を覚まして!」
僕たち二人は、大泣きをしていた。それに気づいたお婆さんが僕たちに声をかけてくれた。
「魔法使いの死なだけで、人間の魂は動いているわ。そのうち目を覚ますわ」
僕たちは、心配で心配で落ち着くことができなかった。六時間ぐらいたった頃、ユキは目を覚ました。
「あぁ~、あれ?あなたたち誰?」
お婆さんが言っていた通り、普通の人間になると魔法使いだったときの記憶が消えてしまうのは本当だったらしい。僕たちは相当ショックだったが、そんなことを言っている場合ではない。僕たちが彼女の記憶を取り戻さなければならない。僕とマサでいろいろな思い出話を話してはみたが、これとピンときた様子をユキは見せなかった。僕たちで頑張ってユキとの出来事を思い出そうとしているうちに、一つのことを思い出した。教授の記憶を消したときの魔法。聞き覚えのあった魔法。そう、あのとき、事故に遭ったとき助けてくれたのはユキだったのかもしれない。
「ユキ、助けてくれてありがと」
ユキが何かを思い出したような、そんな顔をしたかと思うと口を開いた。
「やっぱり、あの男の子はハルだったのね。小さいときに事故に遭って怪我をしている男の子を見つけて、あたしは魔法で助けたの。でも、地球上に魔法使いがいるなどバレてはいけない。だから、念のためにその子から記憶を消しておいたつもりだったんだけど。あのときは魔法も上手じゃなかったし、思い出されちゃったね」
マサがずっと不思議そうな顔をして僕たちの話を聞いていたので、小さいときに起きた悲劇話をしてあげた。全部聞き終えると、「そういうことか」とだけ言ってきた。
「あなたたち、よかったわね。無事記憶も戻ったみたいだし」
「お婆さん、本当にありがとうございました。今まで魔法使いとして生まれてきたこと、周りから嫌がられることが嫌だったから。やっと自由に生きていけます」
「そう、それはよかったわ。もう遅いわね。空間移動の魔法は明日かけてあげるから、今夜は私の家に泊まっていいわよ」
お婆さんはそう言うと僕たちを部屋へと案内してくれた。とてもおいしいごはんを食べ終え、お風呂に入った後、お婆さんに「外に行ってごらん。星がきれいに見えるわよ」と言われたので外へと出て行った。
お婆さんの言った通り、外に出ると空一面に星がたくさん瞬いていた。マサが何かを見つけて僕たちに知らせてきた。
「あの青く光る星って、もしかして」
マサの問にはユキが答えてくれた。
「そうよ、地球よ。でもいつの光だろうね。この星はとても地球から離れているから、あたしたちは過去の地球を見ていることになるね。不思議ね」
魔法使いの住む別の星に来たからこそ見れる星の景色を堪能して僕たちは部屋に戻った。少しシャワーを浴びなおしてから、僕はユキの部屋へと向かった。
コンコン
僕はユキの部屋のドアをノックした。
「あら、ハル。どうしたの」
「いや、少し話したいことがあるんだ」
「何かしら」
「事故のとき魔法で助けてもらってから、ずっと、その子に感謝して生きてきたんだ。でも記憶が曖昧だった。でもやっと、その子が誰かわかったんだ。ユキは僕の命の恩人だったんだよね。もしかしたら魔法使いだとバレてしまう、そんな危険を冒して、命がけで僕のことを救ってくれたんだね。本当にありがとう」
「どういたしまして」
やっと、十七年間、感謝の気持ちを伝えたいと思っていた人を見つけることができた。
コンコン
「おぃ~、俺を置いていくなんてひどいなぁ」
そう言いながらマサも入ってきた。
「にしても、ハルってものすごく、たくましく勇敢になったね。ものすごく臆病だったのに。本当に大人になったなぁって思うよ。五階から飛び降りることもしたし、拳銃男に立ち向かったり、死ぬかもしれないのに付いてきてくれたり。正直びっくりしたわよ。でもうれしかったわ」
ユキが笑顔をこちらに向けてくれた。
「でも、マサの力もあったから」
「いや、俺もユキを助けるために必死でさぁ」
「そう、ありがとう」
ユキがこんなことを聞いてきた。
「ねぇ、あたしがさあ、また記憶をなくしたらどうする?」
僕とマサは言った。
「何度でも思い出させてやる、何度でも友達になる」って。
ユキは笑顔で言った。
「そうか、ありがとう。ねぇ、魔法使いってどう思う?」
僕は答えた。
「すごくいいと思うよ」
「なんかね、少しだけ、魔法が使えなくなったことが寂しいかも」
ユキがしょんぼりとして言った。けれど、そんなユキの様子を気にせずに自信満々でマサが口を開いた。
「友情という名の魔法が俺たちには使えるじゃないか」
僕とユキはマサに目を向けた。
「俺たちが命を懸けてまで守ってしまったんだぜ。すごくないか。友情って魔法みたいじゃないか」
「たしかに、ユキが魔法使いだったとしても魔法使いじゃなくなっても僕たちは友達だもんね」
ユキが泣き出していた。
「本当に、あたしたち三人で出会えてよかったわ」
僕たち三人はいっぱいおしゃべりをして過ごした。いつの間にか、僕たちはそのままユキの部屋で眠っていた。
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