第4章 不可思議

 いつもの日常がまた始まった。スマホの上を軽く「トンッ」と叩いてアラームを止める。カーテンを開けて太陽の光を浴びる。部屋のドアを開けて、階段を降りて、一階へと向かう。冷たい水を顔に浴びさせ、お腹をごはんで満たさせる。歯を磨き、身支度を整えて玄関のドアを開けて駅へと向かう。駅の電車が来ると知らせてくれるアナウンスとともに、ユキとマサが走ってくる。三人で電車に揺られながら登校する。僕たちの生活スタイルは高校二年生になっても何一つと変化はしなかった。

 そんななか授業だけは変わっていた。僕たち三人は理系クラスのS特進コース。ものすごいスピードで授業が展開されていく。僕はせかせかとノートに板書を書くので必死になっていた。

 休み時間は僕たち三人で過ごすのも相変わらずのお約束だった。先生のことが話の種になることもあるし、家族のことが種になることもあった。いろいろなことに話の花を咲かせているとすぐに休み時間は終わってしまう。

 放課後には、みんなそれぞれ部活に打ち込んだ。大体終わるのは夕日がきれいに見える時間帯でみんな一緒だった。同じ電車に揺られて家に帰る。そんな、いつも通りの日常を過ごしていたのである。

 高校二年生での初めての中間テストも終わった頃には、桜の木にはピンクの花びらの代わりに緑色の葉が見えるようになってきた。今日も同じように休み時間に三人で話していた。

「次は道徳かぁ。やっと手が休めれるぅ」

 ユキが、ぐだぁ~と机に突っ伏した。マサが、ユキの後に言葉を続けた。

「確かに、急に授業も難しくなったし、速くなったし、課題も増えたよな。そりゃ疲れるよな」

 僕も、マサの後に言葉を続けた。

「みんなお疲れだよね。まぁ、僕もだけど。でもこの授業を終えたら昼休みだよ。とりあえず、今ゆっくりするか」

 この休み時間は三人でゆっくりと、休むことにした。

 ガラガラ

 担任の佐上先生がドアを開けて、教室へと入ってきた。その一秒後に「キーンコーンカーンコーン」とチャイムが鳴るという先生の絶妙なパフォーマンスを見た後、両隣にいるユキとマサを起こした。

「さぁ、授業を始めるぞ。今回は道徳だな。道徳だ。さぁ、どう解く?」

 冷房をつけるには少し及ばなかった教室で暖房が必要なほど教室の空気は凍りついてしまった。

「おぃ~、だから笑っていいんだぞ。まぁいい、そんなことは置いといてさっそく授業をする」

 僕たちにはさっそく先生の作ったプリントが配られた。タイトル部分に、「魔法使い」と書かれている。

「それじゃあ、今から魔法使いについて各班で話し合うように。後で各班の代表者に発表してもらうぞ。今日は、オンラインで特別にゲストの先生が来てくださるので、先生は電子黒板の準備をしておく」

 僕たちは席が横に並んでいるので、僕、ユキ、マサで班になった。さっそく僕から意見を話していった。

「魔法使いって、魔女とか魔術師のことだよね。イメージとしては怖い人って感じかな。なんか悪い人って感じがする」

 僕に続いて、マサも意見を言った。

「あぁ~ね、確かに。絵本とかでも、何か怪しい料理を作っている魔女の絵とか描かれているよな。やっぱり関わらないほうがいい悪者なんだな」

 マサの意見に頷いて、また僕の意見を言った。

「黒いマント姿だったり、鍋で何か怖い料理を煮詰めていたり、いいイメージないよね」

 マサがユキにも声をかけた。

「ユキの意見は?」

 ユキはさっきからまったく話し合いに入ってこないし、ずっと俯いていた。マサが気を利かせてユキに聞いてくれたのだろう。ユキは小さな声で言い出した。

「別に悪い魔法使いばっかりではないと思うけど。いい魔法使いもいるよ。きっと」

 ユキが口を閉じた後、マサが口を開く。

「そうかな。俺にとってはまったくいいイメージがないんだよな。やっぱり悪役のイメージだし」

 僕もマサに続けて口を開いた。

「僕なら魔女や魔術師みたいな人と出会ったら、すぐ逃げ出すと思うよ。何されるかわからないし怖いから。いい魔法使いがいてくれたらいいんだけど、いないだろうなぁ」

「意見交換の時間はそこまでだ。それじゃあハッピ着てもらうぞ」

 先生の発言がクラス中の全生徒の頭の中に『?』のマークを浮かばせ、教室はざわつき始めていた。生徒にギャグが一切伝わっていないことを悟った先生は、言葉を足した。

「いや、発表に来てもらうぞって面白く言ってみただけなんだけどなぁ。みんな笑いをこらえるのが得意なんだな。それじゃあ、各班の代表者は前に来て」

 別にクラスのみんなが笑いをこらえるのが得意なわけでは決してないと思う。マサがみんなを笑わせようとすると、絶対クラスのみんなが笑っているから。そんな、クラスの笑顔を作るのが得意なマサが言ってきた。

「じゃあ、俺、行くな」

 マサはいつもリーダー的存在だ。何かあったら、自らすぐに行動する。彼のいいところだ。

「それじゃあ、特別ゲストの先生とディスコードをつなぎます」

 電子黒板には特別ゲストの先生と思われる人の映像が映し出された。

「こちらが今回の特別講師の岩代いわしろ がく教授です」

「どうも、岩代です。今日は短い時間ですがよろしくお願いします」

 まず各班の代表者がどんどん意見を発表していった。他の班も魔法使いのイメージや評価はやはり良くはなかった。

「いろいろな意見が集まったな。じゃあ、さっそく岩代教授の講演をみんなで聞きましょう」

 電波に乗って岩代教授の声が僕たちの教室へと届き、教授のお話が始まった。

「魔法使いは魔術や妖術、幻術などを使う者のことです。魔法使いについての歴史を紹介すると、昔から人の人生を操ったり、天候を操ったりするなどして人に害を及ぼしていたそうです。そんな魔法使いから身を守るために人々は、魔女狩りなどを行ったそうです。魔女狩りの一つである魔女裁判では多くの魔法使いが抹殺されました。それでは、今現状の魔法使いはどうなっているか説明しましょう。ここ数年、魔法使いはいないに等しいと思われます。近年、各国の大統領や総理大臣によってこの地球上に魔法使いには毒性のある物質がまかれることになりました。魔法使いであっても魔法少年や魔法少女などの子どもには効かないらしいのですが、大人の魔法使いはこの地球上で生きていくことは絶対にできないようになっています。もちろん、みんなが意見を出してくれたような恐ろしい魔法使いはもういないでしょう。なので、安心して生活することができます。今回私から伝えたい大切なことは、悪いことはしてはいけないということです。そして、政府が行った今回の政策のように、人々が安心・安全に生きていくことのできる地球を作っていくことが私たちには重要だということです。悪者はどんどん排除していきましょう。私の話は以上です。ご清聴ありがとうございました」

 佐上先生がパソコンに向かって岩代教授への感謝の言葉を告げた。

「岩代教授、今日はお忙しい中ありがとうございました」

 すると、映像の向こうの岩代教授はどこか不可解な顔をしながらパソコンに向かって話してきた。

「はい?何かしゃべられているようなのですが、こちらでは何も聞こえてないです」

「あの、すみませ~ん。こちらの音声がそちらに届かなくなってしまったみたいです」

 佐上先生はとっさに大声で返した。大声で返したところで聞こえるはずがないのに。その瞬間に、クラス中が笑いに包まれた。いつもは笑いをとれない佐上先生はウケ狙いをしていないときは生徒にウケるらしい。マサが、マイクがミュートになっていることに気づき先生に伝えたことで無事解決した。

「あの、すみません。先ほどはマイクをミュートにしたまましゃべってしまっていました。申し訳ございませんでした。本日はお忙しい中ご講演いただきありがとうございました」

 クラスのみんなが先生のあとに続いて、「ありがとうございました」と言った。

 キーンコーンカーンコーン

「今日の授業はここまでだ」

 チャイムが鳴り、号令が終わると、みんな好きな友達同士で集まってお弁当を食べ始めていた。僕たちもいつも通りなら三人で一緒にお弁当を食べるのだが、今日は違っていた。

「マサ、ユキは?」

「知らないな。何か用事があるんじゃない」

 ユキのスクールバッグからお弁当袋がはみ出しているので、他の誰かのところに行って食べているってことはないのだろう。少し待っていたら戻ってくるだろうと思っていたが全然戻ってこなかった。さすがに遅いなぁと思った僕たちはいつものあの場所に向かった。

 あの場所、それは学校の屋上である。大体三人の集合場所になることが多い。なぜか自然と行きたくなる場所なのである。屋上からの景色はとてもきれいで町全体を見下ろすことができる。屋上は学校の中でも景色最高のベストスポットだ。ユキも疲れていると言ってたし疲れを癒しに屋上に向かったのかもしれないと考えたのだ。

 ガチャ

 屋上のドアを開けると、ユキはありえない場所にいた。屋上は柵で囲まれている。ユキはその柵の外にいた。そしてそのまま彼女は飛び降りた。

「ユキぃ~」

 僕たち二人は、そう叫びながら走り、「頼む、間に合ってくれ」と思いながら彼女の後に続いて地上へと飛び降りた。

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