第3章 願い星
たくさん遊んだ春休みは、あっという間に過ぎていった。今日からまた授業が始まる。僕は、いつものようにスマホの上を軽く「トンッ」と叩いてアラームを止めて、カーテンを開けて、部屋のドアを開けて、階段を降りて、一階へと向かった。冷たい水を顔に浴びさせ、お腹をごはんで満たした僕は歯を磨き、身支度を整えて玄関のドアを開けて外へと出て行った。
「まもなく、一番線に電車が参ります。危険ですから黄色の点字タイルの内側までお下がりください」
久しぶりに聞くアナウンスに耳を傾けていたら、ユキが走ってきた。
「おはよっ。ハル~」
「あっ、ユキ。おはよう」
「今日から新学年だね。もうあたしたち高校二年生か。はやい~なぁ」
「そうだね。前、高校に入学したばかりだと思っていたのにね」
本当に時間というものは、特急列車のようにすぐに過ぎてしまう。時間という列車に乗り遅れたら、すぐに置いてけぼりにされそうだ。
「マサはいないのかしら?」
「あれ?いつもならこのぐらいの時間にはいるよね?」
「間に合ったぁ~。ハァハァ、ハァ...」
「おはよう、マサ」
僕の挨拶に、彼は元気よく応じてくれた。
「おう、ハル。おはような!」
「えぇ~、あたしには?」
「あぁ、ユキもおはよ」
「おはよ」
毎朝、僕たち三人は同じ電車に乗って学校に行く。電車の中で先駆を切って口を開くのはいつもユキだ。
「そういえば、あたしたちは何組なのかしら」
「今年も同じクラスだといいね」
僕の言葉に、ユキとマサは深く頷いてくれた。マサが僕に続いて言った。
「そういえば、俺たち三人は小学校のときも、中学校のときもずっと同じクラスだよな」
今度はユキと僕が深く頷いた。電車の中でおしゃべりをしていたらすぐに時間がたってしまう。
「次は、
僕たちの高校の最寄り駅の名が車掌さんによって読み上げられた。僕たちは、電車を降りた。駅は、朝の通勤や通学の人でいっぱいだった。駅を出て、少し歩き、「
「僕は八組だったよ。ユキは何組だった?」
「あたしも八組よ。よろしくね。マサは何組だった?」
マサもクラスの確認を終えて、僕たちのところに戻ってきていた。
「俺も八組だぜ」
「やったね!あたしたち同じクラスね!」
ユキが飛び跳ねて喜んでいた。そんな様子を見たら、僕たちはより嬉しくなった。僕たちは、新学期特有のふわふわした空気感で満ちた教室の中に足を運んだ。
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴り、先生が入ってきた。
「お~い、チャイム鳴ってるぞぉ~。早く席に着けよ」
新学年になって先生も変わったみたいだ。
「俺は、
「はい!」
マサが、さっそく手を挙げていた。
「先生の好きな食べ物は何ですか?」
マサの質問で、教室が笑いに包まれた。
「俺の好きな食べ物か?それは、な、な、な、なんと納豆だっー!」
クラスの生徒全員が、どう対応すればよいのかに迷ったであろう。笑っていいのか、笑ってはいけないのか。とにかく、面白くなかったというのが事実だろう。
「いや、今の笑ってもよかったんだぞ」
笑っても良いと言われても誰も笑わなかった。クラスに、どんよりとした空気が漂っている。新学期の騒がしさの欠片さえもなくなってしまった。
「あ~、もう始業式が始まる。早く移動するんだ。帰ってきたら、学代とか決めるぞ」
たくさんの先生の話を聞く始業式のためにクラスのみんなは体育館へと向かった。
始業式が終わった後のHRでは学代や係などを決めた。
キーンコーンカーンコーン
「今日はここまでだ。それでは、また明日から授業が始まる。忘れ物をしないようにな」
先生からの注意喚起を受けたクラスメイトのみんなは、教室を後にしていく。僕たち三人もそれに続いて教室を出て行った。廊下に出ると、ユキがとても晴れた笑顔で僕たちに話しかけてきた。
「ねぇ、帰りに寄り道しようよ」
僕は、ユキに問うた。
「どこに行きたいの?」
「遊園地とか行きたいなぁ」
マサが、ユキに続いて言った。
「いいじゃん!いこーぜ」
ユキが、ポケットからスマホを取り出して画面の上で指を躍らせた。
「降りる駅は、
ユキは本当に大人だ。僕たちはユキの調べてくれた情報をもとに、家と反対方向に向かう電車に乗った。電車の中では、やっぱりユキが最初に口を開く。
「十駅乗っていれば東港駅に着くね」
楽しそうに僕たちに東港駅までの駅数を告げたユキに続けてマサが言った。
「なぁ、今年の担任の先生の佐上先生どう思う?」
マサの質問に僕は答えた。
「なんか、不思議な先生だったね。でも、マサの質問、面白かったよ」
「おう、ありがとうな。いやぁ、これからも磨かないとなぁ」
マサはいつも面白いことを言って僕たちのことを、クラスのみんなのことを笑顔にしてくれる。
「でもお~、佐上先生、全然面白くなかったわね。というか、反応に困る...」
ユキは時々笑顔で、酷いことを言っていることがある。
「次は、
感情のこもっていない自動音声が車内に響いた。でも何かがおかしい、何か不思議な気がする。その答えを、ユキが言ってくれた。
「ねぇ、長岡駅って東港駅の次の駅だよね?もしかして、乗り過ごしたのかしら?」
ユキが言ったことが本当なら、いったん降りてまた反対方向の電車に乗らなければならない。そう思っていたが、マサがあることに気づいた。
「でもさ、外の駅の看板を見ろよ。東港駅だって書いてるぜ」
どうやら、車内放送が間違っていたらしい。最近、自動音声だから間違いになることも多いのだろう。僕たちは、「長岡駅」と呼ばれた「東港駅」で降りた。東港駅から遊園地まではほんの数分で着いた。ユキがとてもはしゃぎながら話してきた。
「ねぇ、何乗る?」
ユキの問にマサが答えた。
「俺、ジェットコースター!」
僕は、絶叫系の乗り物が無理だ。というか、高いところとかも無理だ。マサが気を使って聞いてくれた。
「ハルは、あれだよな」
「うん、僕は待っとくよ」
「さんきゅな。次はハルの乗りたいものに行こうぜ」
「ありがとう」
ユキも気を使って言ってくれた。
「次に乗りたいもの考えておいてね」
二人が戻ってくると、僕たちは次の乗り物へと向かった。僕たちにとっては長い長い、とても長い、長蛇の列の待ち時間さえも楽しかった。気づいた時には、空は赤く染まっていて僕たちに今日が終わることを伝えていた。楽しい時間はあっという間だ。家に帰るために駅へと向かった。電車を待っていると、ユキが口を開いた。
「ねぇ、あたし、本当に楽しかった!」
僕もユキと全く同じ気持ちだった。マサがユキに続いて口を開く。
「俺も」
そして
「僕も」
みんなが楽しむことができていてよかったと思う。
「明日から授業だな」
マサが口にした言葉にユキが言葉を添える。
「もうあたしたち高校二年生なんだよね。時間が過ぎるのって早いねぇ」
確かにその通りだと思う。前まで小学生だと思っていたのに、いつの間にか中学生になっていた。高校一年生になっていたと思ったらもう高校二年生になっている。本当に時間がたつのは早い。でもその分だけ、楽しいってことだと思うとうれしくなった。すると、ユキが不思議そうな顔をしながら僕に話しかけてきた。
「ハルゥ~?どうしたの、急にニヤついて。怖いよぉ~」
「あぁ、いや、あのさぁ...」
ピンポーンパンポーン
僕が言おうとしたタイミングで、駅のスピーカーが音を被せてきた。
「まもなく、四番線に電車が参ります。危険ですから黄色の点字タイルの内側までお下がりください」
僕たちは指示通り黄色の点字タイルの内側まで下がり、目の前に現れた電車へと乗り込んだ。ガタン、ゴトンと揺られる電車の中、ユキはさっきのことを聞いてきた。
「で、結局なんだったのぉ?」
「今まで生きてきて、時間ってあっという間だなぁって思っていて。でも、そう思うってことは僕は日々をとても楽しいと思いながら生きているんだなぁって思うと嬉しくて」
「確かにね」
「ハルの言う通り、俺も本当に今まで楽しかったと思うぜ」
僕たち三人は車内を赤に染めている太陽のように明るく笑っていた。そんななか一人の少女が呟いた。
「生まれてきてくれて、私と出会って友達になってくれてありがとう」って。
なぜか、その言葉に寂しさを感じた。ユキ自身も少し、寂しそうな顔をしていたような気がした。けど、気のせいかもしれない。ユキはいつものようにふわふわとした笑顔を僕たちに見せていた。
「おいぃ、ユキ、なんだよ!急に感謝されると照れるじゃん」
マサの言う通りである。でも、僕は何か不思議なものを感じたような気がした。
「こちらこそ、ありがと」
「次は、
僕たちの最寄りの駅の名前が呼ばれた。駅を出た時には、もうすでに夕日は見えなくなり、空が赤色と青色できれいに染まっていた。
「あっ、一番星みっけ~」
ユキがジャンプをして宙に指を指した。そして夕食がハンバーグだと聞いた子どものように嬉しそうに話してきた。
「あの星の光っていつのものなのかしら。地球から他の星までとても距離があるの。光の速さはとても速いんだけど、そのものすごい速さでさえも何年という時間をかけて地球に到達するんだって。あたしたちは何年か前に放たれた星の光を見ていることになるの。そう思うとなんか、神秘的じゃない?どれぐらい前の光なんだろうね」
マサはポケットからスマートに電話を取り出して、目の前で振った。
「じゃあ、Siriに聞くか」
ユキが何かがっかりした顔をしている。
「もぉ~、マサのせいでせっかくの世界観が台無しじゃない!」
僕もマサに続いてスマホを取り出した。
「じゃあ、僕がグーグルセンセーに聞くよ」
ユキは苦笑していた。なので僕は、「冗談だよ」と付け足した。三人でそんなこんなで、いろいろと話しながら歩いていると家に着いた。
「じゃあ、またね」
僕が二人にそう告げて玄関のドアを開けると後ろからユキの声が聞こえた。
「今年もこの三人で、同じクラスになれて本当に良かったぁ~。また明日学校で~」
僕は、「またね~」と返した。
明日からは普通に授業が始まる。毎日、通学して、授業を受けて、部活しての繰り返し。ずっと同じような日々を過ごしているけど、こうやって普通に過ごしていることが僕は楽しい。今日はそんなことを感じさせられた一日だった。この日常という時間をこれからも大切にして生きていこう、そしてこの日常が続きますようにと、そう思いながら、そう願いながらいつものようにベランダから星を眺めていた。
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