第2章 「僕たち」の思い出

 春休みの朝、寒くも暑くもなく、とても気持ちよく目覚めることができたので、ゆっくりと読書をしていた。ちょうど、一冊を読み終えて本を閉じると、携帯電話が鳴りだした。

 画面を見ると、「月島つきしま 友姫ゆき」と表示されていた。僕は、指をスマホの液晶の上で左から右へと滑らせ、LINE電話に出た。

「ハルー、起きてる?」

 相変わらず、朝から元気な人だなぁと思いながら僕は答えた。

「あぁ、起きてるよ」って。

「あ~、さてはさっきまで寝ていたんでしょ?」

「違うよ、普通に読書していたんだ。宇宙のお話で、今も頭の中が宇宙だからちょっと寝ぼけてるみたいに聞こえているかもね」

「それより、ハルは今、空いてるの?」

「空いてるけど、なんだい?」

「ちょっと、LINE見といて!それじゃあね!」

 どうやら、わざわざLINEを見てほしいがためにLINE電話をかけてきたようだ。なんで、そんな変なことをしてきたのだろうと思ったけど、すぐに原因がわかった。そう、読書に夢中になっていてユキからの連絡に気づいていなかったらしい。僕のせいだと、反省しながら白のセリフ枠の中の文字を目で追い始めた。

「今日、カフェにでも行かない?(来ないなんて言わないよね?(笑))」

「マサにも連絡とってOKらしいから、カフェ『OraOra』に三人そろって十二時に集合ね!」

「春休みの宿題も持ってきてね。教えてほしいところがあるの」

 緑のセリフ枠の中に僕は、「OK!」と打ち込んだ。今度は、画面に「深山みやま 優樹まさき」と表示された。また、指をスマホの液晶の上で左から右へと滑らせ、LINE電話に出た。

「ハル?ユキから集合の話は聞いたと思うが、俺はハルの家に寄ってから『OraOra』に行こうと思う。十一時四十分には、着くと思う」

「りょーかい!じゃあ、またあとでね」

 僕は、「切る」のボタンに指を触れさせた。そのまま、スマホの上部の時計に目をやると「11:35」と表示されていた。

「もう、支度しなきゃ」

 春の服に身を包み、階段を駆け下りた。

 ピーンポーン

 マサが来たみたいだ。

「ハルー、来たぜ!早く、いこーぜ!」

「あ、ちょっと待って。鍵取ってくるの忘れてた」

「相変わらずだなぁ」

「すぐ取って来るからっ」

 僕には、少しうっかりしているというか、何か抜けていることがある。自分では、直したいと思っているんだけど、なかなか直らなくて落ち込むのはいつものことだ。

 ガチャ

「ごめんね。お待たせしたね」

「いいって。まだ、時間あるし」

 カフェ『OraOra』は、僕の家の近くにあるカフェ屋さんだ。このカフェができたとき、「オラオラー」とか言って接客してくるのかなとか馬鹿みたいなことを考えていたけど、もちろんそんなことはなかった。

 ピロン

「ユキからLINEじゃん!もう、カフェの中だってよ。早いなぁ」

「本当に早いね。でもマサも僕の家に来るの結構早かったよ」

「いやぁ、走ってきたら思っていたよりも早く着いちゃってよ」

「さすが、陸上部!」

 話をしていたら目的の場所に着いていた。マサが先頭になって、カフェ『OraOra』のドアを開けた。すでに、ユキは席についていた。

「ハル、マサ、遅いのよ」

「ユキが早すぎるんだよ!」

 僕たちは、同時に言った。すると、コロコロとした笑い声が聞こえてきた。

「本当に、息ぴったりだね。ほめてくれてありがとっ」

 カフェの中にいる他の人から見れば、なんとも思わない会話かもしれないけど、こうやって三人で話しているだけで本当に楽しいと僕たちは思っている。

「それじゃあ、ハルとマサは何を頼みたい?」

 ユキは、名前のごとくとてもふわふわしているように見えるがとても気づかいのできる人だ。そんなユキに甘えて僕たちは、幼い子どものように元気よく答えた。

「ハンバーグ!!」

 またしても僕とマサは、事前に打ち合わせをしたかのように同じ言葉を口にしていた。

「本当に、息ぴったりね。あたしも、ハンバーグにしようかしら。すみませ~ん!」

「はい、ご注文をお伺いします。って、あれハルくん、ユキちゃん、マサくんじゃん!?」

 笑顔で対応してくれたのは、永渡ながと 玲美奈れみなさんだった。玲美奈さんは今大学一年生で、僕たちの通っていた東青葉ひがしあおば小学校の出身で、小さいときよく僕たちの面倒を見てくれていた。

 僕が、「ここでアルバイトしているんですか?」って聞くと、玲美奈さんはまたまた笑顔で「そうよ」と答えてくれた。

「れみちゃん、『OraOra』の制服似合いすぎだお~。可愛い!」

 ユキは、玲美奈さんを眺めながらそう言った。

「ありがとう、ユキちゃん。ところで、何を頼むの?」

「ハンバーグです!」

 今度は、三人で口を揃えて言った。

「あら、相変わらず仲いいわね。もうすぐ、私は休憩の時間だから一緒に食べようかしら」

 玲美奈さんは、厨房の方にスタスタと戻って言った。

「ハンバーグ定食、四つお願いします。そのうちの一つは私のお昼ご飯で~す」

 よく透き通る声で、遠くの席からでも聞こえただろう。玲美奈さんには、このアルバイトがとてもあっているかもしれないと思った。戻ってきた玲美奈さんは、さっとユキの隣の席についた。

「三人とも仲良く過ごしているみたいで、なんか私、幸せだなぁ。そういえば三人って、小学校のときからずっと一緒に遊んでいるよね」

「そうですね。晴れていたら外で、雨が降ったら誰かの家で集まって。小学生の頃から思っているけど、この三人でいるのが一番楽しいんです。何をしていても」

 僕の後に、マサが続けて言う。

「確かに、三人で過ごすことが多いな。そういえば、今まで色々あったなぁ。ほら、覚えてるか。俺としては、とてもしっかりと覚えている出来事があるんだけど」

 ちょうど、頼んでいたハンバーグ定食四人前が届いた。

「じゃあ、話しながら食べようかしら。せーの」

 玲美奈さんの掛け声に続いて、僕、ユキ、マサ、玲美奈さんの四人で「いただきます」と言った。

「それで、マサくん、その話、聞きたいなぁ」

 玲美奈さんは、とても楽しそうだ。さっき、「三人とも仲良く過ごしているみたいで、なんか私、幸せだなぁ」って言っていたけど本当なんだろうなと思いながらマサの声に耳を傾けた。

「俺が「木登りしよ」って言い始めて、木登りをし始めたんだ。確か、ハルは登ってこなかったよな。俺、誘ったけど」

 僕は高いところがニガテで、暗いところもニガテでお化け屋敷とかも無理だ。僕は我ながらとても臆病な人間なんだと思う。

「うん。今もそうだけど、やっぱり高いところはニガテだよ」

 そして、そんな僕に対してユキは全然平気な顔をしてスイスイ木を登っていたことを思い出した。

「そういえば、ユキがすごいスピードで登ってたっけ?」

「あぁ、まるで猿みたいだっ...」

 マサが言い切る前に、彼のほうから「パチン」といかにも帆を打たれましたというようなきれいな音が聞こえてきた。どうやら、ユキがマサの帆を叩いたらしい。まぁ、猿みたいって言われて怒らない女の子はいないだろう。

「ごめんって」

「わかればよろしい」

 ユキはすっかりふわふわしている。マサも、まだ帆が赤いのにもう笑顔だ。こんなことで、喧嘩しているようではとっくに不仲三人組になっていただろう。

「で、俺の後をユキが登ってきていた。でも、ユキが足を滑らして木から落ちてしまったんだ」

「キャー、危ない!」

 玲美奈さんの叫び声に店内の老若男女のお客さんの視線が一斉に彼女に集まった。

「って、叫びたくなることもあるよね?」

 玲美奈さんは、恥ずかしそうな様子も見せずそう言ったが、多分あれは照れ隠しだろう。そんな玲美奈さんの様子も気にせずにユキがマサの話を繋いだ。

「あたし、木から落ちたのよね」

「まさに、猿も木から落ち...」

 マサは二度目の平手打ちをユキから食らっていた。ユキはたまに怖い。口が裂けても言えないけども。そんな暴力を二発マサに振舞った少女、ユキが言う。

「でもね。助けてくれたんだよね。ハルが」

「助けたというより、ただ下にいただけなんだけどね。おかげさまで、僕はクッションになりましたとさ。おしまい」

「あのときはごめんね。でも、悪気はないからいいじゃない?」

「そして、僕は学校に行くことのできない一ヵ月を過ごすことになったんだけどね」

 すると、玲美奈さんが口を開いた。

「でも、ユキちゃんに怪我がなくて本当に良かったぁ」

「いや、僕の心配は?」

「え?ハルくんの心配?大丈夫、大丈夫!たぶん、大丈夫だったんでしょう?」

「いや、だから一ヵ月入院したんだって」

「それじゃあ、学校の授業が心配だねぇ」

「だから、僕の心配は?」

 僕と玲美奈さんの会話に、ユキとマサが声をあげて笑っている。ユキが叩く矛先はマサの帆から机へと変わったらしい。

「まぁ、授業に関しては心配なかったんです。ユキもマサも僕のところに毎日授業のノートを持ってきてくれて、本当に嬉しかったよ」

「まぁ、あたしのせいだし。でも、マサのノートは意味なかったね」

「なんでだよ?」

「あのノート、何かの暗号かしら?遺跡から掘り出してきたの?」

 ユキも、結構マサにひどいことを言っているなぁと思いながら話を聞いていた。不思議だけど、三人での出来事はどんな悲劇でもいい思い出になってしまう。

「そろそろ、仕事に戻らないと。一緒に食事できて楽しかったわ。ありがとう。ところで、何かドリンクでも頼む?」

 声を揃えて、僕たち三人が頼んだ飲み物は。

「ミックスジュース!」

「あら、本当に好みまでぴったりなのね」

 玲美奈さんは厨房へと戻って言った。

「ミックスジュース、四つお願いします。そのうち一つは私ので、厨房で飲みま~す」

 ユキが笑顔で話し出した。

「にしても、れみちゃんは本当にこのカフェが似合っているわね」

「まぁ、似合っているを超えてマイホームって感じだけどな」

 確かに、マサの意見にも一理あると思った。

「そうだった!」

 ユキは何かを思い出したらしい。

「しゅ・く・だ・い。やるんじゃなかったの?」

「そうだった、俺、ハル先生にたくさん教えてもらわないと宿題終わらないんだった」

 ここから、僕はユキとマサの先生になるらしい。ユキからは数学の問題の質問をされた。

「ハル、この問題どうやって解くの?」

 マサからは国語の問題の質問をされた。

「ハル、主人公の気持ちを読み取れとか不可能じゃん!?」

 僕は、勉強も好きだし、人に教えるのも得意なほうだから、喜んで二人からの質問に答えていった。

 宿題をしたり、質問に答えたり、ときに脱線して、ときに雑談して、新たにドリンクを頼んで、また宿題をして、あっという間に夕方になった。僕たちが頼んだジュースの氷はすべて溶け、水となっていた。カフェの窓からは、きれいな朱色の光が差し込んでいた。春休みの宿題を全部片づけることのできた僕たちは、カフェ『OraOra』を後にした。

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