第30話

「うん。だけど今回は1時間くらいだよ。ついさっき数学の授業が始まるところだったから」



「ってことはなに? 休憩時間になにか心残りができたってこと?」



里香は身を乗り出して聞いてくる。



「たぶん、そういうことだと思う」



「で、江藤くんはどこ!?」



言われて教室内を見回してみると、江藤くんは友人たちと一緒に教室を出て行くところだった。



さっさとお昼を食べ終えて、グラウンドへ向かうのだろう。



「これからみんなでサッカーをするんだよ。それで戻ってきて、ループする」



あたしは淡々と説明した。



「そっかサッカーをするんだ。調べるんでしょう?」



里香に聞かれてあたしはうなづいた。



もちろん。



今回も江藤くんのループを止めるのはあたししかいないんだから。


☆☆☆


少し早めにお昼ご飯を食べ終えたあたしと里香は2人でグラウンドへ出てきていた。



花粉と、グラウンドの砂埃のせいで涙と鼻水が止まらない。



江藤くんの様子を確認したくても、常に涙目になっていてそれもままならなかった。



「ごめん里香。江藤くんになにか変化があったら教えてくれない?」



「わかった。メッセージするから亜美は教室に戻ってなよ」



泣きじゃくっているあたしを見て里香はすぐに了承してくれたのだった。



それから教室に戻ったあたしは窓の内側から江藤くんの姿を確認していた。



江藤くんは誰よりもコート内を走り回り活躍しているみたいだ。



「ねぇねぇ男子たちがサッカーしてるよ!」



教室内にいた女子たちが気がつき、窓辺に近づいてきた。



あたしは押しのけられるようにして横へと移動する。



ちょっとムッとしたけれど、顔には出さないように気をつけた。



「本当だ!」



「ねぇ、江藤くんって最近かっこよくない?」



その声に敏感に反応して顔を向けてしまった。



クラス内でも一番可愛いと人気の女の子だ。



「わかる! 前から運動神経よかったけれど、最近はサッカー部に入って更に磨きがかかったみたいだよ」



江藤くん、サッカー部に入ってたんだ。



だからグランドで走っている江藤くんはいい動きをしているのだと納得できた。



でも同時になにも知らなかったことに寂しさを感じる。



隣の席なんだし、教えてほしかったなーなんて……。



そんなことを考えている間に江藤くんが得点を入れたようで、教室内には黄色い悲鳴が響き渡った。



ゴールを決めた江藤くんは友人たちから囲まれて喜んでいる。



その姿を見るのは嬉しかったけれど、あたしの気持ちはどこか複雑なままだったのだった。



サッカーの試合が終わって教室に戻ってきた亜美は興奮気味に「江藤くんすごい!」を連発していた。



窓の中から活躍を見ていたから知っているけれど、実際にグラウンドで見るとやっぱり迫力が違うみたいだ。



「それで、なにか変化はあった?」



聞くと里香は突然首をかしげて「それが、なにもなかったんだよねぇ」と答えた。



「そんなワケないでしょ? 昼休憩をループしてるんだから」



「そう言われても、本当になにもなかったんだもん」



「生徒手帳は?」



「落とした様子はなかったよ」



里香の言葉に今度はあたしが首をかしげる番だった。



江藤くんはループする前に、確かに胸ポケットに触れていた。



だからてっきり、前回みたいに生徒手帳を落としたのだと思っていた。



「じゃあ、なんなんだろう?」



「わかんないよ。でも、江藤くんのあんなに楽しそうな顔、あたし初めて見たかも」



「え?」



「真央ちゃんのこともあったしさ、なにか変化したって感じはあるよね?」



変化した……?



それでもわからなくて、あたしはただただ首をかしげたのだった。

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