第29話

☆☆☆


昼ごはんを食べ終えて窓辺に向かうと、グランドで男子たちがサッカーをしているのが見えた。



「ご飯の後にあんなに動き回るなんて、元気だなぁ」



里香がそう言いながら窓を開けようとするので、それを手で制した。



窓を開けると花粉が入ってくるから、教室内が大変なことになってしまう。



そのことに気がついた里香がペロッと舌を出して手を引っ込めた。



でも、窓から外を見ていると天気がよくてとても気持ちよさそうだ。



できれば外でのんびりしたいなぁなんて思ってしまう。



この季節にそういうことができないのはとても悔しかった。



「あ、江藤くんがいる」



そう言われてグランドへ視線を戻す。



確かにサッカーをしている中に江藤くんの姿が見えた。



そう言えば運動も得意なんだっけ。



真央ちゃんのお見舞いがあったから部活には入っていなかったみたいだけれど、本当はサッカーが好きなのかな。



そんな風にして見つめる。



江藤くんはボールを追いかけて必死に走っている。



その顔は笑顔であふれていた。



キュンッ。



一瞬胸が変な音を立てた気がしてあたしは首をかしげた。



今のなに?



自分の胸に手を当てて様子を伺う。



「どうしたの亜美?」



「んーん、なんでもない」



一度だけ変な音を立てた胸は静かになっていて、あたしは左右に首を振ってそう返事をしたのだった。



☆☆☆


5時間目の授業は数学だった。



ご飯を食べて眠い中、新しい数式を覚えないといけないと思うと今から憂鬱な気分になる。



できればず~っと昼休憩が続けばいいのになぁ、なんて。



ループしない限りそんなことは起こらないのに、淡い夢を見てしまう。



花粉でスッキリしない頭で自分の席に向かい、数学の教科書を準備する。



そうしているとサッカーをしていた男子たちが教室に戻ってきた。



汗で髪の毛がぬれている江藤くんと視線がぶつかり、ドキッとする。



そのままあたしの心臓は早鐘を打ち始めてしまった。



な、なに?



わけがわからなくて混乱していると、江藤くんが近づいてきた。



な、なんでこっちに来るの!?



どきまぎしながら見ていると、江藤くんは隣の席に座った。



そ、そっか。



江藤くんは隣の席なんだから近づいてきても当たり前だよね。



そんな当たり前のこともわからなくなるくらい、あたしは花粉にやられているんだろうか。



そう思いながら横目でチラリと江藤くんを見る。



数学の準備をしていた江藤くんが急になにかに気がついたように目を丸くしたのが見えた。



どうしたんだろう?



そう思っている間に胸ポケットに手をやる江藤くん。



確か、あのポケットに入っているのは……。



そう考えたときだった。



グニャリと景色がゆがんだ。



あ、この感じはヤバイ!



そう思っても抗えるものじゃない。



生徒たちの声がグニャリとゆがみ、江藤くんの顔もゆがむ。



どうして、また――!?



すべてが渦を巻くようにゆがんだ後、あたしの目の前にはお弁当箱が置かれていた。



「亜美、食べないの?」



その声にハッと息を飲んで顔を上げる。



里香があたしと机をくっつけてお弁当を広げていた。



「あ、えっと?」



キョロキョロと周囲を確認してみると、2年A組の教室で間違いなかった。



目はかゆいし鼻もむずむずする。



今朝から感じている不快感はそのままだ。



スマホで日時を確認してみると、しっかり3月1日になっていた。



ただ、時刻だけが違うみたいだ。



ちょうどお昼休憩に入ったところらしく、あたしのお腹も空いている。



またループしてしまった原因を突き止める必要はあったけれど、とにかくお腹に何か入れたほうがよさそうだ。



江藤くんはあの時、胸ポケットに手を触れていた。



そして焼く1時間前に戻った。



ってことは、また生徒手帳を落としたのかな?



お弁当を口に運びながら思案する。



「難しい顔してどうしたの? まさか、また江藤くんがループしてるとか?」



里香が冗談半分で聞いてきたから、あたしは「そうだよ」とうなずいた。



「そっか、やっぱりそうなんだぁ……って、えぇ!? またループしてるの!?」



里香がオーバーに目を見開いて驚いている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る