第28話

ひな祭りが迫ってきた3月1日。



今日はとてもいい天気で、花粉の飛散量は例年の倍になるらしい。



「亜美、目ぇ真っ赤じゃん!」



登校してきたあたしに真っ先に声をかけてきたのは里香だ。



花粉代襲来の季節にも涼しい顔をしている。



マスクで覆っていてもさほど効果はなく、涙と鼻水でおぼれてしまいそうになっているあたしとは大違いだ。



「里香はいいよね。花粉症ないんだっけ?」



「うん平気! この季節になるとみんな辛そうだよねぇ」



他人事のように言って教室内を見回す。



2年A組の半数くらいがマスクをつけていても花粉でつらそうな顔をしている。



残り半数のうち何人かは、数ヶ月前から薬を飲んで症状を抑えている状態だ。



そんな中でも花粉症を発祥していない里香は珍しい部類だった。



里香を恨めしげに見ながら自分の席に着いたとき、江藤くんが教室に入ってきた。



マスクをつけておらず、里香と同じように涼しい顔をしている。



「おはよう緑川。風邪?」



あたしの隣の席に座りながらそんな風に聞いてくるから、きっと花粉症じゃないのだろう。



「花粉症だよ」



返事をする声がひどくくぐもってしまう。



鼻がつまって呼吸が苦しくて、自然と口呼吸になる。



「あ、そっか。大変だなぁ」



江藤くんは眉を寄せて深刻そうな表情でうなづく。



里香と違って親身になって聞いてくれているのがわかって、胸の奥が暖かくなた。



江藤くんと仲良くなったのはループがきっかけだったけれど、こうして話せるようになってよかったと思っている。



単純に、江藤くんはいい人だ。



「江藤くんは平気なの?」



隣から里香が会話に加わってきた。



「今のところはね」



そう言ってさわやかな微笑を浮かべている。



真央ちゃんのことも随分と吹っ切れてきたのか、最近笑顔が増えてきたように感じられる。



そんな江藤くんを見て成長したなぁなんてしみじみと感じていると、担任の先生が教室に入ってきた。



先生も大きなマスクをつけていて、目は真っ赤に充血している。



「ホームルームをはじめるぞぉ」



そう言った次の瞬間、先生は大きなクシャミをしたのだった。



☆☆☆


「最近ループはしてないの?」



里香にそう言われたのは昼休憩中のことだった。



あたしと里香はいつもどおり机をくっつけてお弁当を広げている。



「うん、してないよ」



あたしはもぐもぐと口を動かしながら答える。



最近の江藤くんはとても安定しているようで、もう毎日を繰り返すようなことはなくなっていた。



前回、朝のホームルームから終わりのホームルームまでを4度も繰り返したときのことを思い出すと、今でも疲れ果ててしまう。



あのとき、ループしていることに気がついたあたしは4度も持久走を経験することになったのだから。



あの日の夜は夢も見ずにぐっすりと眠った。



「そっか。それっていいことなんだよね?」



「もちろんだよ! 江藤くんに心残りとか、そういうものがないってことなんだからね」



あたしはうんうんとうなづいてご飯を口に入れる。



そして梅干のすっぱさに口をすぼめた。



「でもいいよね江藤くん、何度もやり直すことができるなんてさぁ」



里香が羨ましそうに言うので、あたしは顔をしかめた。



「本人がループしてることに気がついてないんだから、やり直しなんてできないよ」



「だからこそ、亜美がいるんでしょう?」



そう言われてご飯が喉に詰まりそうになってしまった。



そりゃああたしは人より敏感でループしていることに気がつくことができる。



だからってそれを頼りにされちゃあたまったもんじゃない。



あたしはもう里香の言葉に返事をせずに、ご飯を食べるのことにし集中したのだった。

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