第25話

ふと気がつくと、朝のホームルームが始まっていた。



江藤くんは真っ直ぐ前を向いて先生の話を聞いている。



胸ポケットを確認してみると、生徒手帳の分のふくらみがあることがわかった。



やっぱり、江藤くんは放課後になると生徒手帳を紛失してしまっているのだ。



でも、と首をかしげる。



生徒手帳がそんなに大切なものだとは思えなかった。



ましてや、それがループする原因につながるなんて考えにくい。



「緑川、話聞いてるかー?」



先生に声をかけられ、あたしは慌てて前を向いた。



「は、はい! 聞いています」



背筋をピンッと伸ばして緊張した返事をするあたしに、教室内は笑いに包まれたのだった。



☆☆☆


「今日の亜美はボーっとしちゃってどうしたの?」



朝のホームルームが終わると里香がやってきた。



さっきあたしが笑われたことを言っているらしい。



笑われたことはショックだったけれど、今はそれ所じゃなかった。



今回のループの原因がもう少しでわかりそうなのだ。



できれば、もう持久走はしたくないし。



あたしは視線を江藤くんへ向けたまま、今日をループしていると里香に伝えた。



里香は目を見開いて「またぁ?」と驚いている。



「でも原因はわかりかけてるの」



あたしはそう言って視線で江藤くんを見るように促した。



江藤くんはちょうど生徒手帳を開いて確認しているところだった。



「江藤くん、放課後には生徒手帳を無くしているみたいなの。きっと、それが原因」



「生徒手帳?」



里香は首をかしげている。



「うん。でもわかんないよね。どうして生徒手帳がそんなに大切なのか……」



江藤くんは少しの間生徒手帳を開いて確認していたが、なにもメモすることなくむねポケットにしまった。



あれを1日に何度も繰り返していると思うと、やっぱり妙だった。



「それじゃ、江藤くんが生徒手帳を無くさないように見張っていればいいってこと?」



里香の言葉にあたしはうなづいた。



そう簡単にいくことじゃないかもしれないけれど、用はそれで合っている。



「まかせて、あたしも注意してみていてあげるから!」



里香は胸を張ってそう言ったのだった。



☆☆☆


しかし、江藤くんが生徒手帳を無くすような素振りは見せなかった。



休憩時間のたびに確認しては、ちゃんと胸ポケットに戻している。



「なにをそんなに確認してるんだろうね?」



里香はそっちの方が気になるみたいだ。



お昼のお弁当を食べながら首をかしげている



「それより、全然なくさないじゃん」



あたしはうんざりして呟く。



このお弁当を食べるのも4度目だ。



いや、お弁当はおいしいから何度食べても問題はないけれど。



「やっぱり体育の時じゃない?」



ふと里香が思いついたように言った。



「ほら、今日って6時間目でしょう? しかも持久走で疲れるだろうし、注意力散漫になって忘れ物とか落し物も増えそうじゃない?」



その上6時間目が終わったらすぐに掃除時間だ。



みんなゆっくり着替えている時間もない。



そのせいであたし自身もブツブツと文句を言っていたことを思い出した。



「そうかもしれない!」



あたしはパッと目を輝かせて言ったのだった。



4度目の正直という言葉があれば今使いたい気分だった。



あたしはまた持久走をやっていた。



何度やってもいちからなのでタイムが伸びることもない。



ただ疲れだけは蓄積されていく気がするから不思議だった。



息を吸い込むたびに肺が痛いと感じる。



肌に当たる冷たい風は熱く感じる。



足はもう前に出ないくらい疲れているのに、先生の笛の音が聞こえるまで止まることはできない。



グッと歯を食いしばって前へ前へと向かう。



時々男子の授業へ視線を向けてみるけれど、やっぱり江藤くんを探すような暇はなかった。



「後1分!」



もう聞きなれてしまった先生の声。



ここからが長いことももうわかっていた。



ひぃひぃ言いながら持久走を終えても、まだやることは残っていた。



「亜美、早く!」



よろよろと歩いて更衣室へ向かうあたしを、里香が叱咤する。



里香は思った以上に元気が残っているようで羨ましく感じる。



他の生徒たちよりも先に更衣室へ入り、手早く着替えをした。



一度目のときは着替えをするのもしんどかったけれど、今はそうも言っていられない。



みんなの消臭スプレー攻撃を受ける前に更衣室を出て、男子更衣室へと急いだ。

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