第26話
少し離れた男子更衣室に走っていくだけで足がガクガクと震えてしまう。
そして待つこと10分。
お目当ての江藤くんが出てきてすぐに駆け寄った。
「江藤くんちょっと待って!」
更衣室の前で声をかけられるとは思っていなかったのだろう、江藤くんは「うわっ!?」と声を上げて転びそうになっていた。
「お、俺になにか用事?」
あたしと里香を交互に見て瞬きをする。
「江藤くん、生徒手帳持ってる?」
聞くと江藤くんは「そんなの、持ってるに決まってるだろ」と言って胸ポケットに指を入れた。
しかしその直後、サッと青ざめたのだ。
胸ポケットを広げて中を確認している。
そんな小さなポケットなんだから、指を入れて触れることがなければ、ないということだ。
「ない、どうして!?」
江藤くんが焦ってズボンのポケットも確認する。
やはりそこにも生徒手帳は入っていないみたいだ。
見る見る青ざめていく江藤くんを見て、まずいと感じた。
このままじゃ今から朝のホームルームまでループしてしまうかもしれない。
その危険を察知したあたしは「一緒に探そう! きっと、更衣室に落ちていると思うから」と、声をかけた。
「あ、うん。そうだよな。どこかに落としたとしたら、更衣室か」
江藤くんは半分呆然としながら呟く。
幸いにも男子たちはみんな着替えを終えていて、更衣室には誰もいない状態だ。
失礼して中に入ると女子更衣室ほどではないにしろ、消臭スプレーの残り香があった。
「江藤くんはどこで着替えたの?」
「こっち」
そう言って指差したのは更衣室の一番奥のロッカーだった。
中を確認してみるが、生徒手帳は残っていない。
それでも更衣室のどこかにあるはずだと、あたしたち3人は手分けをして探し始めたのだった。
手帳を探し始めて10分ほど経過したとき、スカートのポケットに入れていたスマホが震えた。
確認してみると教室掃除をしているクラスメートからだった。
掃除に参加していないことに気がついて心配のメッセージを送ってきたのだ。
「早く見つけて戻らないと」
そう呟き、しゃがみこんでロッカーの下まで確認する。
床には砂埃が積もっていて汚いけれど、気にしている時間はなかった。
しかし、ロッカーの下は暗くてよく見えない。
スマホの明かりで照らしてみると、見慣れた生徒手帳のカバーが見えた。
「江藤くん、あったかも!」
そういうと江藤くんはすぐに駆け寄ってきた。
その顔はまだ青白い。
江藤くんにとって生徒手帳がどれだけ大切なものなのか、その表情が物語っていた。
江藤くんは制服が汚れるのもかまわず、地面にはいつくばってロッカーの下を確認した。
引き続きスマホで照らしていると「あれだ!」と、声を上げた。
そして右手をいっぱいに伸ばして生徒手帳を取ろうとする。
しかし、かなり奥まで入り込んでいるようでなかなか取れない。
なにか長い棒でもないかと思っていると、里香が更衣室の掃除道具入れからホウキを持ってきてくれた。
ホウキの柄を使って生徒手帳を器用に引っ張りだす江藤くん。
開いて確認すると、確かに江藤くんのもので間違いないようだ。
ホッと息を吐き出して、里香と目を見交わせて微笑みあう。
今回も無事にループから脱却できそうだ。
「その生徒手帳、どうしてそんなに大切なの?」
大切なものを見つけたのだから、このくらいの質問はさせれもらってもいいだろう。
「これだよ」
江藤くんは生徒手帳の一番後ろを開いて見せた。
そこには家族の写真が挟まれていたのだ。
死んでしまった真央ちゃんが車椅子で中央にうつっている。
それを取り囲むように江藤くんと、両親が笑顔でうつっている。
「それと、これも」
写真を一枚どかしてみると、もう一枚の写真が出てきた。
「あっ」
それを見た瞬間思わず声を漏らしていた。
それは真央ちゃんの誕生日会のときの写真だったのだ。
最後にクラス全員と看護師さんを入れて撮ったものだ。
「こんな大切な写真、無くすところだった」
江藤くんは大きくため息を吐き出し、生徒手帳を胸ポケットにしまった。
これで、江藤くんが休憩時間のたびに生徒手帳を確認していた理由もわかった。
あれは、真央ちゃんの写真を見ていたのだ。
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