第20話

☆☆☆


どれだけ嫌な授業でも時間が来ればやるしかない。



里香とあたしは体操着に着替えてグラウンドに出てきていた。



まだウォーミングアップ前だから寒くて仕方ない。



グラウンドの隅では見学している生徒が三角座りをして寒さをしのいでいるが、今日の見学組はやけに多い気がした。



絶対にサボりだ……。



そう思っても声には出さない。



羨ましいと思う反面、持久走の記録は後日でも行うと聞いていたことを思い出していた。



今日授業に参加していない生徒たちは、後日、放課後に呼び出されて走ることになるそうだ。



それなら嫌でも今日終わらせてしまった方がよかった。



グランドの半分を使って男子たちも集まってきていた。



その中の江藤くんの姿をつい目で探してしまう。



「亜美、最近ずっと江藤くんのこと見てない?」



里香に声をかけられて、あたしは慌てて江藤くんから視線をそらした。



「べ、別にそんなんじゃないし!」



「その慌てっぷり、怪しいなぁ?」



里香はニヤニヤと意地悪く笑っている。



「江藤くんを観察してたから、その癖がぬけないだけだって!」



実際にそうだった。



もうループすることはないと思っていても、つい江藤くんへ視線を向けてしまう。



ループから開放されてまだ2日目だから、それは許してほしい。



「ずっと観察してて好きになっちゃったりして」



「そんなわけないでしょ!」



あたしは里香に怒り、こぶしを作ってみせたのだった。


☆☆☆


持久走の授業は正直きつかった。



走っても走っても走っても走っても、終わりを告げる笛が鳴らない。



今何週しただろう?



今どこを走ってるんだろう?



だんだんわからなくなってきて、つい足が止まってしまいそうになる。



それでもどうにか足を前へ出して必死に走った。



足は速いほうじゃないけれど、持久走にそれは関係ない。



とにかく20分間自分のペースで走ればいい。



あれほど寒いと感じていた外気温も今は暑くて仕方ない。



背中や額に汗が流れていって、ジャージを脱ぎ捨ててしまいたくなる。



「はい、あと1分だよ!」



先生の声が聞こえてきた瞬間、走るスピードがグンッと上がった気がした。



後1分。



後1分なら走りきることができる。



息が上がり、肺が圧迫されている感覚がする。



頬は冷たいのか熱いのかわからないし、鼻の頭も感覚がない。



後1分。



後1分。



ちょっと待ってよ、1分ってこんなに長かった?



先生の言葉に疑念を持ち始めて、ようやく終了を告げる笛が聞こえてきた。



今まで張り詰めていた空気が一気に和らぎ、足が前に出なくなる。



小鹿のようによろよろと2、3歩歩いてすぐに座り込んでしまった。



地面に両手をついて肩で何度も深呼吸をする。



冷たい空気が肺に突き刺さって痛い。



それでも体は酸素を求めていた。



「あぁ~、ほんときつかったねぇ」



体育の授業がどうにか終わり、着替えをしていると里香が赤い頬でそう言った。



「ほんと、きつかった」



あたしは眉間にシワを寄せて答える。



最近の授業の中で一番きつかったかもしれない。



これならお昼ご飯の後の5時間目に数式を頭に叩き込むほうがまだマシだったように感じられる。



着替えをしながらもまだ呼吸が整っていない生徒もいるし、冷たくなったお茶を一気飲みする生徒もいる。



そしてなにより、女子更衣室の中は消臭スプレーの臭いが充満していた。



無香料ならいいけれどみんな好きな臭いのスプレーを使っているので、混ざり合って気分が悪くなってくる。



「とにかく、早く出よう」



このままでは消臭スプレー中毒になってしまうと妙なことを考えて、あたしはそそくさと皇室を出たのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る