第15話
☆☆☆
真央ちゃんの誕生日会は大成功だった。
あたしと里香は最後まで残り、横断幕以外の片づけをして病院を出ていた。
真央ちゃんも江藤君も看護師さんもとても楽しそうだったのを思い出す。
いつもと違う雰囲気を味わってくれたなら、それで良かったといえる。
「ちょっと、待ってくれ!」
バス停の前までやってきたときそんな声がして振り向いた。
そこには息を切らして江藤君が走ってきたところだった。
「今日は本当にありがとう! みんなのおかげで、真央は大事な時間を過ごせたと思う」
そう言って深く頭を下げる。
あたしは慌てて左右に首を振った。
「なに言ってるの、あたしは自分のやりたいことをしただけだよ」
「そんなことない。俺1人じゃ病院で誕生会をしようなんて考えつかなかった。妹の存在だって、ずっと隠してたし……」
そう言って、江藤君は一旦うつむいた。
そして何かを考えるように黙り込み、勢いよく顔を上げる。
「今回のことで勇気がでた! やろうと思えばなんでもできるんだよな。だから俺、やってみようと思う」
それがなんなのか詳細は言わなかった。
だけどあたしには江藤君がなにをしようとしているのか、なんとなく理解できた気がした。
きっと、真央ちゃんに自分の気持ちを伝えるんだ。
周りのみんなから気持ち悪がられたり、困ったりされるのが嫌でずっと隠してきた恋心。
江藤君はもう隠すことをやめるのだろう。
「そっか。頑張ってね」
そう言ったとき、ちょうどバスが到着した。
「あぁ。本当にありがとうな!」
江藤君はバスが発進するまで、ずっと手を振ってくれていたのだった。
☆☆☆
翌日、2月4日の木曜日が来た。
昨日の誕生日会を思い出すと心の中が暖かくなる。
2年A組の生徒たちの優しさが感じられる会になったと思う。
学校へ向かうとみんな昨日の誕生会の話題で持ちきりだった。
自分は何をしたとか、どんなプレゼントを選んだとか。
真央ちゃんが可愛かったとか、江藤君には似ていないとか。
前回までは見られなかった光景がそこにある。
今ではみんな真央ちゃんの存在を知っていて、真央ちゃんのことを友達だと感じている。
「緑川」
席に着いたところで後ろから声をかけられて振り向いた。
そこには江藤君が立っている。
「おはよう江藤君」
「おはよう。ちょっと話があるんだ」
なに?
と、質問をする前に江藤君は歩き出した。
あたしは慌てて席を立ち、その後を突いていく。
教室を出てひと気のない廊下の奥へと進んでいく。
そこで江藤君は立ち止まった。
「昨日は本当にありがとう」
改めてお礼を言われるとなんだか照れくさくなってしまう。
「実は俺、真央のことが好きだったんだ」
その言葉にあたしは黙って頷いた。
それから江藤君は真央ちゃんと血がつながっていないこと、出会ったときから好きだったことを教えてくれた。
自分の気持ちをずっと隠してきたことも。
ここまでは前回までと同じだった。
しかし、そこからが少し違っていた。
「誕生会が終わった後、もう1度真央を散歩に連れ出したんだ」
「そうなんだ」
それはあたしたちがバスで帰った後の話だった。
「そこで好きだって伝えた」
江藤君の言葉はわかっていたはずなのに、なぜか胸の奥がむずむずとした。
どうしてこんな気持ちになるのかわからなくて、胸の前で右手をグーにして押し当てる。
「ダメだったけどな」
「え?」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんだよって言われた」
江藤君はスッキリとした表情で言った。
振られたということなのに、どうしてそんな風に笑えるんだろう?
「緑川のおかげで、俺は自分の気持ちを伝えることができたんだ」
「そんなことないよ」
誕生会の後告白する勇気は江藤君だからこそ持っていたものだ。
「でも、本当にありがとうな!」
江藤君は満面の笑顔でそう言った。
これで少しはなにかが変わってくれたらいいなと思っていたけれど……。
翌日の2月5日、放課後。
また、あの連絡が江藤君に入った。
スマホを確認してサッと青ざめる江藤君。
そのまま、誰にも挨拶をせずに教室を駆け出して行った。
あたしはぼんやりとその後ろ姿を見送った。
「江藤君、今日はやけに急いでるね」
里香がのんびりとした口調で声をかけてきた。
「うん、そうだね……」
結局なにも変えられなかったのかな。
あたしはぼんやりとそんなことを思っていた。
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