第9話

「急ごう!」



里香に声をかけて階段を駆け下りる。



途中で何人もの生徒とぶつかってこけそうになりながら、どうにか昇降口までたどり着いた。



江藤君の靴箱を確認してみると、すでに校内にはいないことがわかった。



「どこに言ったんだろう?」



里香が息を切らして周囲を見回す。



周りには帰宅最中の生徒たちが沢山いて、なかなか江藤君を見つけることができなさそうだ。



どうしよう。



見失っちゃった……!



呼吸を整えてスマホを取り出し、江藤君の番号にかける。



しかし聞こえてくるのは呼び出し音ばかりで一向に出る気配がない。



どこにいっちゃったのよ!



と、出てきそうな文句をグッと喉の奥に押し込めた。



そしてふとバスに乗っているんじゃないだろうかという予感がした。



必死に走っていて着信に気がつかないだけかもしれないけれど、乗り物に乗っていて電話に出られない可能性も高い。



あたしは学校の近くのバス停へと急いだ。



「もしかして、病院?」



あたしの後ろからついてきた里香が呟くように聞いてくる。



「そうかもしれない」



バスはつい1分前に出たばかりだ。



江藤君はこの時間のバスに乗るために大急ぎで教室を出て行ったのだろう。



次のバスが到着するまで15分あるが、行き先はわかっている。



「次のバスで病院まで行ってみよう」



あたしは里香へ向けてそう言ったのだった。


☆☆☆


30分後。



あたしは自分の予感が正しかったことを知った。



病院へ到着したとき、江藤君が広い待合室のソファで座っている姿が見えたのだ。



すぐに駆け寄って声をかけようとしたが、江藤君の暗い表情を見ると声をかけることができなかった。



江藤君は真っ青な顔でうつむき、今にもその場に崩れ落ちてしまいそうだったのだ。



その様子を見た瞬間妹さんの身になにかがあったのだと理解した。



「嘘でしょ……」



里香も気がついた用で、両手で口をふさいでいる。



「き、きっと大丈夫だよ」



そう言ってみても、あたしの心臓は早鐘を打っていた。



まさか真央ちゃんが死んでしまったんじゃないか。



そんな思いがギリギリのところまで出てきている。



このまま突っ立っているわけにもいかないし、かと言って今の江藤君に話しかける勇気はない。



どうすればいいかわからずにいたとき、須賀君が視線に気がついたように顔を上げた。



その顔はさっきまで元気でおしゃべりをしていた江藤君とは、まるで別人のようだった。



「緑川……」



江藤君は弱弱しい声であたしの名前を呼ぶから、胸がギュッと痛くなった。



言いようのない切なさがこみ上げてきて、一歩前に踏み出した。



「江藤君、大丈夫?」



声をかけてみたけれど、かすれて聞き取れなかったかもしれない。



江藤君はその直後顔をクシャクシャにゆがめていた。



そして獣の咆哮のような声で鳴き始めたのだ。



待合室に響き渡る泣き声に数人の患者さんたちが驚いて振り向いた。



それでも江藤君の嗚咽は止まらない。



あたしは江藤君の隣に座り、その体を抱きしめていた。



どうにかしてあげたいという気持ちでいっぱいで、気がついたらそうしていた。



「真央が……真央が!」



江藤君が必死でなにが起こったのか伝えようとしてくれている。



あたしは何度もうなづいて、そして江藤君の背中をさすった。



やっぱり、真央ちゃんは亡くなったんだと理解できた。



立っている里香が肩を震わせて泣き始めたから、あたしも目の奥がじんじんと暑くなってきた。



たった一回あっただけの真央ちゃんだけど、病気だとは思えないくらい前向きで、真っ直ぐな子だった。



真央ちゃんなら絶対にお医者さんになれると思っていた。



でも、それはもう叶わない夢なんだ。



2月5日。



江藤真央ちゃんは死んだ。



でも……あたしはこの事実をループに気がつくまで知らなかったことになる。



同じ学校だったのにどうしてだろう?

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