第7話

☆☆☆


学校近くのバス停からバスに乗り、降りたのは総合病院前だった。



普段あまりお世話にならない場所なので、入り口の前で入ることを躊躇してしまう。



何年も前におじいちゃんが骨折して緊急入院することになったときに来たことがあるけれど、それ以来だった。



「江藤君の用事って病院にあるの?」



里香が聞くと、江藤君は頷いた。



そしてとまどっているあたしたちの前を歩いて院内へと入っていく。



病院の中はとてもきれいで、保健室みたいな消毒液のにおいもしなかった。



少しホッとしながら江藤君についていくと、なれた様子でエレベーターに乗り、

階のボタンを押した。



「今日は誰かのお見舞い?」



聞くと、江藤君は頷く。



「今日だけじゃないよ。毎日来てる」



そう言う横顔はとても嬉しそう。



もうすぐお目当ての人と会えるからかもしれない。



5階で降りた江藤君についていくと、503号室で立ち止まった。



どうやらここは小児病棟のようで、ドアの前にはウサギの形をした折り紙が貼り付けられていた。



入院患者さんの名前は出ていない。



それでも江藤君は躊躇することなくドアをノックした。



中から「はい」と、か細い声が返ってくる。



それは女の子の声で、あたしと里香は互いに目を見交わせた。



相手が女の子ということは、江藤君の好きな人とかじゃないだろうか?



咄嗟にそう考えて後ずさりをする。



あたしたちはいらぬところまで首を突っ込んでしまったんじゃないかと思って、焦った。



「妹なんだ」



江藤君が振り向いてそういった。



「そ、そうなんだ」



心配は無用だったようでホッと胸をなでおろす。



同時に、江藤君には妹さんがいて、しかも入院中であることがわかった。



一瞬、骨折して入院していた祖父のことを思い出して胸がチクリと痛む。



いつも元気だった人でも、入院してしまうと途端に痛々しく見えるものだ。



「真央、入るぞ」



江藤君が声をかけて白いドアを開いた。



「お兄ちゃん、今日も来てくれたんだね」



中からかわいらしい声が聞こえてくる。



「当たり前だろ? 今日は友達も連れてきたんだ」



そう言われて、あたしと里香はおずおずと病室へ足を踏み入れた。



503号室は個室になっていて、入って右手に洗面所とトイレ、そして少し奥にベッドが置かれていた。



ベッドに座っていたのは小柄で色白な女の子だった。



体はとても華奢で今にも折れてしまいそう。



だけどその目はキラキラと輝いていて、明日への希望を抱いているように見えた。



そしてなにより、彼女は特別に可愛いらしかった。



ぷっくりとした唇はピンク色で、ショートカットの黒髪はツヤツヤ。



黒目が大きく、まつげが長い。



どれをとってもあたしとは正反対だ。



その美少女ぶりにまたたじろいでしまった。



「妹の真央。俺のクラスメートの緑川さんと中谷さん」



江藤君に紹介されて、あたしと里香は慌てて挨拶をした。



美少女に見とれている場合じゃなかった。



「真央は同じ中学の1年生なんだ。あまり学校には行けてないけど」



江藤君が伏し目がちに言った。



こんな可愛い1年生がいればもっと話題になっているはずだ。



あまり登校できていないから、話題に上がったこともないんだろう。



「あんまり、江藤君と似てないね?」



真央ちゃんの髪の毛は漆黒だけど、江藤君の髪の毛は色素が薄くて茶色かかっている。



色白であるところは似ているけれど、それ以外は正反対かもしれない。



「よく言われる」



江藤君はそう答えて肩をすくめた。



それからは学校生活での他愛のない会話に花が咲いた。



真央ちゃんはあまり登校できていないが、勉強はしているようで、2年生になってから習う公式まで知っていた。



「すごいね真央ちゃん、頭いいんだ」



里香が関心して言う。



「いつもお兄ちゃんに教えてもらうんです。将来、お医者さんになりたいから」



真央ちゃんは目を輝かせてそう言った。



だからかと、あたしは納得した。



あまり学校に行けていないと聞いていたけれど、真央ちゃんの表情は明るい。



それは将来への夢であふれているからみたいだ。



将来なにがしたいかなんてまだ見つかっていないあたしからすれば、真央ちゃんの存在はとても眩しかった。



「真央なら絶対になれるよ」



江藤君はまるで自分のことのように誇らしそうにそう言ったのだった。

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