X-63話 思い描いた人物

「次の行先は決まっているのか?」


「え?」


 カーブスの突然の質問に、俺の声は思わぬ上擦りを見せる。


「だから、次の旅の目的地じゃよ。ここにきた理由は、なんとなく察しがついておる。じゃが、すでにこの場所でのやるべきことは終わったと言える、そうではないのか?」


「た、確かに・・・」


 そもそも、なぜこの場所を選んだのか。その理由すらも、今では不透明になりつつある。カーブス医師を探しにきたのだが、その当本人は目の前にいる。まだまだ聞きたいことはある。だが、それもこの場で聞いてしまえば、旅に出る必要はなくなる。


「なんじゃ? 何かわしに聞きたいことがありそうな表情をしているな。もしかして、この集落にきた理由はわしにあるのか? まさか、そんなはずでもないじゃろう」


「いや、まさしくカーブス医師、あなたに会うためにここに来たんだよ。まぁ、その過程で色々あったがな。逆に、他に何の目的で来たと思ったんだ?」


「いや、いい。なんじゃ、そんなことなら、こんな周りくどいことをしなくて良かったかもしれんな」


 右手を大きく振りながら、カーブスは苦笑を浮かべてそう放つ。そして、テーブルに肘をつき、左の掌で頭を支える姿勢を取る。まるで、そこにはこの世の事象全てを知りうる賢者がする佇まいのようだ。


「さぁて、お主の質問には一つだけ答えよう。なにぶん、時間がなくてな。恐らくじゃが、もうすぐ奴がここにくる頃合いじゃ。それゆえ、手短に頼む。はぁ、は嫌われると言うとるのに」


 それは、一体誰を指しているのか。俺は、一人の少年の顔が浮かんだが、まさかな、と頭の中で否定してみせる。彼は、俺がここにいることを知らない。そんな彼が、わざわざこんな何もない地下に来るはずがない。


「手短に、だな。分かった。質問は、あくまで一つか二つだから安心してくれ。まず、一つ目。なぜ、俺は昔お前に連れられて、キリの村に訪れたんだ?」


「ほぉ! その記憶が戻ったのか! いや、その半信半疑の尋ね方からして、まだ記憶は戻っていないな。だとすると、なるほど。あの時の、をしていた男かな」


 俺はなるべく平穏を保ったまま、彼の言葉に耳を貸す。だが、先ほどから、彼の声を聞こうとすると、頭が割れるように頭痛が生じる。それは、次第に痛みを増し、俺の意識すら剥ぎ取ろうと試みるようであった。それに釣られるように、顔が僅かに皺を作り、痛みの拷問に屈指ぬように歪む。


正直、こんな場所で質問などしている余裕はない。だが、ここで聞けることは聞いておかないと、後から後悔することになることは、疑いようがなかった。


「——っ! そんな・・・ことはどうでもいい・・・。早く本題に入れ。なぜ、俺は親ではなく、あなたと共にキリの村に——!!!」


 カーブス医師の手がスッと伸び、人差し指を立てた状態で、俺の唇にそっと触れる。紡ごうとした言葉は、それが触れた瞬間に放たれることを拒むように、そっと動きを止めた。そして、俺の視線とカーブス医師の視線が至近距離で混じり合う。


「時間じゃよ、クーリエ君。ワシはもう行かなくてはいけない」


「ま、まだ・・・。質問に・・・答えてもらってないぞ!!!」

 

 顔を無理矢理動かし、カーブス医師の手を振り払う。だが、彼は静かに首を横に振る。


「その答えは、旅を続けることでしか見出せない。世界を知るんじゃ、クーリエ。君は、すでに。私と同じようにな。君たち自身の目で世界を見て欲しい。その時、まだ私から意見が聞きたかったら、また私から会いに行こう」


 そういうと、カーブスの姿は、まるで先程まで、忽然とその場所から消えて見せる。それも、瞬きほどの僅かな一瞬で、だ。姿が消えたのと同時に、この場所は白けるほどの虚無な時間が流れるはずだった。だが、それもまた一瞬。カーブス医師が、邪魔者との賜った人物が、この場所に飛び込んでくるのだった。


「クーリエさん!!!! 大丈夫ですか!!!!」


 ユウシ。やはり、俺が思い描いた人物は君で間違いなかったようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る