X-64話 カーブスの術中!

「あー! だから、僕は野営地でじっとしていて欲しかったんだ!! 綺麗に、カーブスのクソ野郎の術中にはまっているし!!」


 いつもの平穏なユウシの姿は、そこにはいない。ひどく慌てて、かつ取り乱している。ユウシは、俺を地面に丁寧に寝転がさせると、この研究室内を駆け巡り始めた。


「な・何を・・。しているんだ?」


 声が正しく発音できない。まるで、喉元から麻痺が生じているかのように、その声はか細く、僅かな騒音でさえもかき消される。だが、ユウシは走り回りながらも、俺の叫びを聞き漏らすことはなかった。


「中和剤を今作成しているんだよ! 全く、綺麗に神経毒の反応を出しているからな・・・。間に合わないかもしれないけど、やらないよりマシだ!!」


 できた!と洞窟内に明るい声が反響していく。そして、パタパタとこちら側に駆け寄ってくる音が鼓膜を振動させた。だが、俺の目はすでに光を捉えることしか、機能を果たさなくなっていた。


先程までの、麻痺が時間が経つごとに上に移動を開始したみたいだ。聴覚すら、正常に働いているのか、それすらも怪しくなっている。聞こえなくはないが、水中にいるときのように、耳孔を通った後何か音をぼやかすフィルターを通っているかのような。脳に音の信号が伝わる頃には、それは音と定義するにはかけ離れたものに、変貌していた。


「と、いうか。ここまでよく耐えた方だよ。あいつの天恵は、危険だからな。僕だって、未だ克服できたことがないし。さぁ、これで目を覚ましてくれよ!!」


 左腕に僅かな違和感を感じた。顔付近まで麻痺が来ているため、それより下の身体は、麻酔をされたかのように感覚を失っている。だが、そんな中でも、ユウシによって振り下ろされた一本の鋭利な針。それは、失われた痛覚を呼び起こすものとして十分すぎる働きを見せた。次第に、麻痺が引いてくる感覚が身体を襲う。そして、それと同時に鈍っていた痛覚も、目覚めていく。


「た、助かったよ。ユウシ」


「ふん。毒の耐性が高いと思ったら、回復薬の効き目も早く出るってか。面白い身体してるよ、ほんと」


 ユウシの顔に、ここまできてようやく笑みが溢れる。それは、野営地にいる時に見せた悲しい感情を隠す仮面の笑みとは、また異なるものだった。誰かの安堵を、心から願う時に生まれる幸福の表情。今、ユウシが作っている笑顔は、まさにその言葉が一番表現するのに適しているだろう。


「ユウシ・・・。俺、カーブス医師に会ったぞ。この場所で、お茶を共にした」


「心配しないでくれ。もう、あなたを無作為に襲ったりしないから。それに、あなたが会ったのは本物のカーブスじゃないよ」


「本物のカーブスじゃない——? 何を、馬鹿な」


 自由が戻りつつある身体が、その言葉に反応するように上体を起こそうと試みる。しかし、思いの外移動しなかったためか。見えない壁に阻まれるように、俺の身体は再び寝転ぶ体勢に戻らされる。それが、ユウシの手によって押し戻されたと気づくのに、そんなに時間はかからなかった。


「絶対安静。まだ、転がっていてもらわないと困る。全身に毒が回っていたんだから。もし、動き回ったら、どこかの臓器に影響が出るかもしれないよ」


「し、しかし・・・俺が会ったカーブスが偽物だというのは、どういうことなんだ?」


 はぁー、と寝転ぶ俺の顔の上で、ユウシは大きくため息をついた。説明するのが、薮だと言わんばかりの行動だ。


「あなたが、ここに来た時。どんな光景が広がっていた?」


 話の核を僅かに逸らすような質問。だが、聞かれたからには、真剣に答える必要がある。俺は、記憶を遡るように、ここまで起きた事象を逆の時間軸で巡っていく。



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