第11話 優しい記憶
さめざめと泣いてからどれくらい経っただろう。不意にくぅぅ~とお腹が鳴った。
「……お腹…減った」
失恋して大泣きしてもお腹は減る。空腹に耐えきれなくなった私は仕方がなくのっそり立ち上がり先刻実家から送られて来た野菜を手にした。
春キャベツに新玉ねぎ、新じゃがいもと買い置きしてあったソーセージをコンソメで煮た。あっという間にポトフの出来上がり。
「いただきます」
ひとりきりの食卓でも手を合わせ挨拶することを忘れない。それは実家で身についていた習慣だ。
「……ん、美味しい」
温かいスープを飲みながら母が作った野菜を咀嚼する。じんわりと野菜の甘味が口に中に広がり、少し幸せな気持ちになった。
「…美味しい…美味しいよぉ……お母さん」
心が弱っている時にこれはキツいなぁなんて思いながら泣き食いしたのだった。
しょっぱい食事を終えてお風呂に入ってから少し早い時間だったけれど早々に就寝した。目を瞑るとどうしても三好さんとのことを考えてまた目の奥が痛くなって来る。
そして思い出す。デートする度に割勘ばかりだったけれど私の誕生日の日だけは割勘じゃなかったことを。
(…そういえば…そうだったな)
余りにも数少ないことだったので日常の記憶に埋もれてしまっていたけれど、付き合ってから半年後に訪れた私の誕生日の時は私に一切料金を請求しなかった。
平日だったから仕事が終わってからいつもは行かないような洒落たレストランに連れて行かれてコース料理を食べた。なによりリザーブされていたことに感激した覚えがある。なんだか私の誕生日を祝う気持ちが溢れてるなと思い嬉しかった。
その後行ったホテルもいつも行くラブホテルじゃなくてシティホテルだったことに驚いた。其処で初めてプレゼントをもらった。控えめなデザインのピアスは恐らくそんなに値の張る物ではなかったけれど、それでも私はとっても嬉しくてもらってからずっとそのピアスばかりを付けていた。
(多分…ケチって訳じゃないんだよね)
そうやって誕生日を祝われたことがあるから益々私を混乱させた。
(優しい人…だったなぁ)
本命の彼女にはなれなかったけれど三好さんと付き合えたことは私にとっては幸せな恋愛遍歴の代表になる。
失恋したてですぐに次の人──とは行けないけれど、いつまでもグズグズと引きずっていてはいけない。
(そうだ…エリ子や郁美にも報告しなきゃ)
特に心配して親身になって相談に乗ってくれた郁美に申し訳ないなと思った。
(それに真戸さんにも)
三好さんと仲がいい真戸さんとは郁美経由でこれからも付き合って行かないといけないと思うとほんの少し気まずい。
直接関係することは無くなるかも知れないけれど、今後真戸さんや郁美から三好さんの話を聞く機会があったら辛い。それが万が一……
(三好さんが…私以外の女と結婚……なんて)
そんな報告を訊いた日には果たして私は冷静でいられるのかどうか。
「……」
あぁ…馬鹿らしい。そんな事まで考えてしまう私がとっても馬鹿らしい。
(とりあえず今は寝よう)
今は眠ってこの哀しい気持ちを
何も考えたくない。
ただ……
三好さんとの別れが夢だったらいいのにな──なんてありもしない願望を抱きながら次第に意識を飛ばして行った。
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