第9話 理想の人
頑張っても頑張ってもダメな時はダメなのだと理屈では分かっている。
だけど時としてその理屈に抗いたくなる時だってある。
それは本気であなたのことが好きだから──なのに。
どうやって家まで帰って来たか解らない。
陽が暮れかかった部屋の中は薄暗く、電気をつけなくちゃと思いながらも一度座り込んだ体を動かすのがとても億劫に感じた。
そんな時間がどれだけ過ぎただろう。
ピンポーン♪
不意に鳴ったインターホンに意識が浮上した。
『花井さん、お荷物でーす』
インターホン越しに聞こえた声に応対し配達員から荷物を受け取った。伝票の宛先を見ると実家の母からだった。
段ボールを開けてみるとそこには今が旬の野菜が沢山入っていた。そして中に入っていた手紙を読むといつもと同じような【元気ですか?】【ちゃんと食べていますか?】【家で採れた野菜を送ります】なんて内容が書かれていた。
私の実家は田舎にあって父は普通のサラリーマンだったけれど母が趣味で農業を嗜んでいた。昔からありとあらゆる野菜を育て、家庭の食卓に上る料理に使われる野菜の殆どは母が作ったものだった。
そんな環境から私は小さい時から農作業というものが身近にあり、泥だらけになって母の手伝いをしていた。
流石に年頃になってからは外見を気にするようになり土いじりはしなくなったけれど、そういう作業が嫌いという訳ではなかった。
故に、休みの度に泥だらけになり汗をかきながらも仲良く母の手伝いをする父の姿を見ていいなと思い、気が付けばそんな男性が理想になっていた。
もっとも大学進学と共に上京し、都会という環境に馴染むために着飾った私を外見で決めつける男たちにその理想のタイプを見つけることは出来なかったが。
そんな中で出逢った三好さんはまさに理想のタイプだった。明るくて優しくてリーダーシップを取るような頼りがいがあり、何よりもクリーンスタッフとして汗水垂らして働く姿にときめいて仕方が無かった。
(本当に好き…だったんだけどな)
母が送ってくれた野菜を手に取りながら何故か涙が零れて仕方が無かった。
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