第21話 Let It Be

 こうして真希お姉さんと楽しんだときのことを思い出してみても、何故あんなに荒々しく抱くことが出来たのか自分でも分からない。お姉さんが望んでいた、というのは確かなのだけれども、だんだんとそれに応じた何かが私自身の中に生まれてきていたのかも知れない。



 私自身にアブノーマルな傾向は無いはずだし、それは今までの人生を振り返ってみてもそうだ。それでも、あの時は犬に取り憑かれてしまったかのような真希お姉さんに対して、そうするのが最も自然な行為であるように思えたし、今から振り返ってみても違和感は無い。



 でも、あの時、真希お姉さんと遊んださかいの池。その周りの綺麗な野原や清々しい湧き水も今は無い。



 真希お姉さんの車が見つかったさかいの池。しかし、そこで遺体が捜索されることは結局無かった。真希お姉さんが行方不明になった年、軽自動車が見つかった後、すぐに台風が来て、この町は記録的な豪雨に見舞われ、さかいの池は土石流で流されてしまったのだ。



 かなり大きな水害であったのに、町に人的な被害は出ず、池が流された後は何年もかけて多目的ダムが造られ、周辺は整備されて今は公園になっているのだそうだ。だから、あの日の思い出はもう何も残っていない。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 私が久しぶりにこの町に来て炭屋敷に泊まるようになって、従伯母さんと善十さんの2人と一緒に昔の写真を見て色々と昔話をした。



「この頃はみなさんお若いですね」



「ええ、真希も生まれた頃だったかしら?これがお義父さま。普段はおじいさんと呼んでいましたね」



「大旦那さまですね」



 私の大伯父にあたる人も写っていた。大座敷に写真が飾られてあるのは何度も見たが、私の物心が付く前に亡くなられたから幼少時の記憶には無い。立派な髭の老人だけれど大座敷の写真とは違って柔らかな表情だ。普段は穏やかな人だったのだろう。



「この子が真希。まだ小さいでしょ」



 幼い頃の真希お姉さんが大伯父さんに抱かれている写真もあった。



「おじいさん子で、よくなついていたの。不思議に昔の話が好きだったみたい」



「かみさまがずっと昔から見ていたからでしょう。お嬢様にはかみさまがついておられましたから、大旦那様が若かった頃のこともよく話しておいででした」



 そう善十さんが言う。



「ごめんなさいね。善十も年を取りましたから、夢とうつつ、昔と今の境目がごちゃごちゃになるときがあるんですよ……昔のことはよく覚えているんですけどね……私が嫁いでくる前の話などはとても面白くて」



「その頃は、山での仕事もきついものでした。飯が食えるだけましでしたが、生傷も絶えませんで男衆も大勢怪我をしたり若死にしたりしたものでございます。大旦那さまの代になってから人並みの扱いになりましたが、それまでは山の外にも出られませんで」



 山の神社、私が真希お姉さんと遊んだあの夏にはもう無くなっていた、さかいのおやしろの写真もあった。それほど大きな神社では無いけれども、山の中と言うことを考えればそこそこ立派な社殿であった。



「さかいのおやしろにはかみさまがとこよからうつしよに降りられ男衆と遊び楽しまれる時の門が開いていたのでございますが、大旦那様がもう山で仕事をすることも無くなったし、町の神社に奉ろう、ということで、ご神体を降ろされた矢先のことでございました。火の気は無かったはずですのに焼けてしまいまして」



「かみさまが降りられる?お祭りの時の話ですか?」



「いえ、山のおやしろではかみさまが男衆と遊び楽しむときに降りてこられたので祭りではありません。むしろ祭りの時にはかみさまがお休みになりミツブセの男子がかみさまをもてなされるために男衆と遊ぶことは無かったのでございます。でも、その昔は祭りの間は山に門が開いたままですので男衆がよくとこよに迷ったものでございます。うつしよのくるしみから逃れてみずからとこよに足をふみいれる男衆も大勢おりました」



 少し善十さんの声の調子がおかしい。昔の寡黙な善十さんからは考えにくいほど饒舌なのだけれども、誰かが善十さんの声を使って喋っているような感じだ。



「ミツブセのご先祖様がこの山に幸神を降ろされましてからかみさまは山に恵みを与えてくださり白くて優しく美しいかみさまに男衆もたいそう喜んだと聞いております」



 善十さんはかみさまが実体を持った存在であるかのように、夢とうつつ、過去と現在が入り交じったような話を続ける。声の調子も口調も普段とは少し違っていて、まるで若かった頃の善十さんが年老いた体を借りて無理に喋っているような感じがする。かなりの高齢になられているし、現実の認識も曖昧になってきているのかも知れない。少し苦しそうだ。



「久しぶりにたくさん話しすぎてしまいました。年寄りの昔話なので話がくどくなってしまいすみません」



 話し終えた善十さんはだいぶ疲れているようだ。その間、従伯母さんは写真に目を落として考え込んでいた。



「なにぶん、私が嫁いでくる前の話もありますし、山のことは女には言わない習わしになっていましたので当時のことはよく分かりませんが……そう言えばお義母さまも『真希にはかみさまが降りておられるから』と言っておりました。幼い頃からおかしな振る舞いもある子でしたから、それでそう言っていたのだと思います……お義父様が昔話をしましたらね、まだ幼子ですのに『わたしもおむこさんがほしい』なんて言っていたりしまして」



 私の知らない真希お姉さんの話はとても興味を引かれたけれども遠い昔の話なので、従伯母さんの記憶も確かでは無いらしい。その後、大伯父さんが亡くなられ、お姉さんが小学校に進む頃にはかなり落ち着いたのだと言う。



「あの子は何故か男の子にすごく好かれましたね……それはもう町中の男の子から。でも、女の子の友達は少なくて」



 そう言えば恭子先生からもそう言う話を聞いた。私もそれは分かる気がする。今、思い出しても真希お姉さんには不思議な魅力があったと思う。

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