第10話 守ってあげたい(2)



 緑の木々に囲まれた道を登っていくと、視界がひらけて明るい場所にたどり着いた。土手には芝生のような短い草が生えていて、水面までなだらかに続いていてかなり広い野原になっている。池自体も案外大きい上に水が澄んでいて綺麗だ。明るい夏の日差しに照らされた緑がとても美しい。道の端にトゥディをとめて僕はお姉さんと歩き出した。



 荷物を僕が持って、小さなリュックを背負ったお姉さんについて行く。しかし、予想していたよりずっと良い景色だ。



「うわー」



 思わずそう言ってしまう。



「綺麗でしょう!」



「池って言うから小さいのかなと思っていたら、広くて綺麗ですね」



「そうなの!このへんで一番お気に入りの場所なの……昔はあそこに神社もあったんだそうだけど、昔、焼けちゃって物心ついたときにはこんな感じ」



 お姉さんが指さした方向を見てみるけど、木が生えていて完全に森になっている。



「昔はここで男の人だけでお祭りをしたらしいわ。女の人は山を登るときも、ここまでしか来られなかったの。だから『さかいの池』『さかいのおやしろ』って言うんだって」



 なるほど、これだけ広い場所ならお祭りも出来たんだろうなと思う。



 お姉さんに促されて僕は野原の上に荷物を置いた。日差しは強いけれども風がとても涼しい。標高も高いので眺めがとても素晴らしい。町の様子が一目で見て取れる。



 真希お姉さんが野原の上に座る。長い髪が風にたなびいてとても綺麗だ。日差しはとても強いのに、真希お姉さんは何故か日焼けもせず色白な肌のままだ。そういう体質なのかも知れない。



 真希お姉さんにレジャーシートを広げるように勧められて荷物をあけると、大きなバスケットの中には折りたたまれたレジャーシートとお昼などが入っていた。



「喉渇いた。お茶飲もう」



 お姉さんがリュックから水筒を出して、紙コップにお茶を入れて2人で飲んだ。渇いた喉にしみ通っていって、とても美味しい。



「あー、美味しい」



「もっと飲む?1回全部飲んでから、湧き水でも入れよう」



 お姉さんが言うには、池のそばに綺麗な湧き水があるのだそうだ。この町のあたりは昔は水はけが良すぎて川も無くて、江戸時代にこの池が出来るまでは、人もあまり住んでいなかったらしい。そういえば町の広さの割には大きな川も目立たないし、炭屋敷の水も井戸水だ。深く掘らないと井戸水も出てこないらしい。



 野原から見下ろす町の景色はとても美しいけど、それよりも真希お姉さんの長い髪と横顔に見とれてしまう。この夏に出会ったときの最初の印象は、ものすごい美人というわけでは無い可愛い人という感じだったけれども、今の僕にとっては世界一の人だ。こうして隣に座っているだけで、とても幸せに感じる。



 水筒のお茶を飲み干したので、お姉さんに案内されて湧き水をくみに行った。池のそばに山道があって、そこを進んでいくと、岩場から綺麗な水が湧き出ていた。



「この湧き水が見つかるまで、人が集まって住む事が出来なかったらしいの。お年寄りは今でも山の『かみさま』のお恵みだって言うし、女の人はここから上には登らなかったんだって。この上は『かみさま』の領域だからって」



 手に取って飲んでみると、水は冷たくて、とても美味しかった。僕らは湧き水を水筒にくんでレジャーシートの方に戻っていった。



「少し早いけどお昼にしようか?」



 バスケットの中にはサンドイッチとおにぎりがたくさん入っていた。とても美味しそうだ。



「朝から頑張って作ったのよ」



 サンドイッチはレタスやキュウリ、トマトといった野菜やハム、卵が挟んである。おにぎりは三角形で胡麻がまぶしてあったり海苔で巻いてあったりする普通のおにぎりだけど、真希お姉さんが作ってくれたと思うと、とても嬉しい。



「あーんしてみて」



 真希お姉さんがおにぎりを手に取って食べさせてくれた。保冷剤のおかげでちょっと冷たいけど塩味が効いていてとても美味しい。でも、こうして好きな人に食べさせてもらうのは、やはりとても気恥ずかしい。



 真希お姉さんもサンドイッチを頬張って食べ始めた。こうして2人でお昼を食べていると、とても幸せだ。風も優しく吹いて池の水面に小波が立ち、キラキラ光っている。食べ終わって湧き水を飲んでいると、真希お姉さんが僕の方を向いて目を閉じて唇を少しだけ突き出して誘ってきた。



 揺れる長い髪も、ボーダーのシャツで強調された大きな胸も、とても魅力的だ。僕はゆっくりとお姉さんに近づいて、そして肩に手を回して唇をそっと合わせた。



 真希お姉さんが唇から舌を出して僕の口の中に入れてきた。僕らは舌を絡めながらキスをする。とても気持ちが良くて、そして幸せだ。自然にお姉さんの体に手を回して抱きしめてしまった。背丈はそんなに変わらないのに、こうして腕の中にいる真希お姉さんは、とても華奢に感じられてしまう。



 それほど強く抱きしめたわけでは無いのに、お姉さんの大きな胸がシャツ越しに感じられてとても気持ちが良い。柔らかな唇の感触も腕の中のお姉さんの体もとても心地よく感じられて、僕は時間がたつのも忘れてキスを楽しんでいた。



 明るい夏の日差し。輝くような山の緑。さわさわと吹く風。小波の立つ水面。楽園のように美しい景色の中で僕はとても幸せだった。このまま時が止まれば良いのに……そう願ってしまう。



 風に乗って、あの、熟した果実のような匂いが漂ってきた。



「これは?シシ汁の匂い?」



 僕が唇を離してそうつぶやくと真希お姉さんが答えてくれた。



「そう、山菜や茸、このあたりでも採れるの」



「どこに生えているんですかね?」



 僕がそう言って探そうとすると、お姉さんが制止した。



「駄目よ。生のは毒があるから触っちゃ。うちで働いている人も採るときは気をつけるし、その後、何年も毒抜きするんだから」



「そうなんですか」



「昔はこのあたりは貧しくて、そういうものでも食べないと生きていけなかったらしいけど」



「でも、良い匂いですよね」



「うん。そう思う。私も好きよ、この匂い」



 そう言ってお姉さんはレジャーシートの上に寝転がった。大きな胸は寝っ転がっても形を崩さずとても綺麗だ。僕は思わず凝視してしまう。風に甘い果実の匂いを感じるようになってから鼓動が少し早くなったようだ。お姉さんの甘い唇の感触が思い出されて更に興奮してきた。

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