第9話 守ってあげたい(1)
真希お姉さんとあんなことがあった翌朝、僕は起き上がろうとしてめまいがするのを感じた。どうも熱っぽい。起き上がることは出来たので、朝ご飯を食べに居間に向かったけれども、やはり皆さん先に朝食は済まされていた。お姉さんも出勤したあとみたいだ。
「どうしたの?貴文くん、顔が赤いけど」
「少し熱が出たのかも?体も少しだるいですし」
「暑気あたりかしらね?食欲はある?後でお熱測っておきましょう」
従伯母さんに食事を出してもらいながら、そういう会話をする。幸い食欲はあったので、この日はトーストとコーヒーで簡単にいただいて、熱を測ってもらったら微熱があったので、今日は部屋で休ませてもらうことにした。
扇風機に当たりながら布団の中でまどろんでいると、熟睡するというわけでも無く覚醒しているわけでも無い境目の状態が続いて夢とも現ともつかない不思議な気分だ。意識していなかったけれども、やはり旅先と言うこともあり疲れがたまっていたのかも知れない。
この町に来てから日常的でありながらどこか非日常的なところが重なっていて、それがまた不快というわけでは無くて心地よく感じられる。
いつの間にか熟睡していて目が覚めると少し気分がよくなっていた。起き上がってぼーっとしていると、誰かが部屋に近づいてきて、それはお盆を持った真希お姉さんだった。今日は青系統のチェックのスカートに縞模様の半袖シャツを着た姿だ。真希お姉さんが帰ってくる時刻まで寝ていたらしい。
お盆の上にはおかゆと梅干しとスープが載っていた。遅い昼食のようだ。
「起きたなら、先ず体温測って。朝はどんな具合だった?」
てきぱきと冷静な表情で色々症状を聞いてきて、体温計を僕の脇に挟んで測り始めた。こうしていると、やはり真希お姉さんは大人だなと思うし、口調も冷静なので昨日の出来事が夢だったみたいに感じられてしまう。
「もう熱は無いみたいね。食欲はある?」
「あります」
「良かった。もう少し休んだら大丈夫そうだけど……夜は冷えることもあるから体冷やさないように気をつけてね」
そう言って手際よく体温計を仕舞うと、真希お姉さんはすっと僕に近寄ってきて、そして唇を僕の唇にそっと合わせてきた。一瞬のことで何も反応出来ずに、あっけにとられていると、真希お姉さんは少し心配そうな目で僕の方を見て
「ごめんね……昨日、頑張りすぎちゃったかな?」
と、言って立ち上がり……部屋を出て行きかけたところで立ち止まって、こちらを振り返り「あ、そうそう」と気がついたように話し始めた。
「あの、山の池を見に行く話だけど、明後日は私、お休みだから一緒に行こう!……デート、しよ?」
少し嬉しそうな表情でそう言ったあとでお姉さんは部屋から去っていった。
徐々に頭が動くようになってくると、去り際にキスをしたことや、昨日の出来事を思い出してきて、顔が熱くなってきた。やっぱり夢じゃなかったんだ……そう思うと幸せな気持ちになって、自然に笑みが浮かんでくる。
読みかけの本を読もうかなとも思ったけれども、ウキウキした気分でそれどころではなかったので、とりあえず横になって目を閉じた。
その次の日も一日中休んでいたので、真希お姉さんとの約束の日には完全に回復していた。朝食後は部屋で勉強をすることにして参考書を広げていると、使用人の善十さんが部屋にやってきた。やはり布団を敷いたり掃除をしてくれたりするのも従伯母さんか善十さんなのだろうか?
善十さんは壮年の寡黙な人だけれども、この日は僕にあるものを持ってきた。小さな将棋の駒のような形をした木片だ。何か絵が描いてある。犬の仮面をかぶった裸の男児が何か滑稽な踊りを踊っているような絵だった。
「これは?」
「……山に行かれると聞きました。この地方のお守りです」
「ありがとうございます」
「……さかいの池まで、お嬢様と行かれると聞きました。お嬢様は『かみさま』のこともご存じだから間違いは無いと思いますが……祭りの時期は山で迷いやすいので」
山で迷子にならないためのお守りらしい。でも、やっぱり変な図柄だ。この地方の文化なのだろう。
僕にお守りを手渡すと、善十さんは他の仕事をするために立ち去っていった。普段はほとんどしゃべらない人なので、特に親身に話してくれたように感じられてしまう。
しばらくすると、真希お姉さんが大きな荷物を持って部屋にやってきた。今日はジーンズと青と白のボーダーのシャツといった活動的な感じの服装だ。でもシャツの模様のせいで大きな胸がより強調されていて、僕の目には眩し過ぎる。
「貴文くん、持って!」
大きな荷物を手渡された。バスケットの中にいろいろ入っているみたいだけど、そこまで重たくは無いので平気だ。軽快に歩く真希お姉さんについて廊下を進む。お姉さんの肉付きの良いお尻がジーンズに包まれて揺れているのを見ると、とても幸せな気持ちになった。
真希お姉さんの軽自動車の後ろ座席部分にバスケットを置くと、赤いラジカセも積まれていた。いつも載せて車内で音楽を聴いているのだろうか?
僕が助手席に座るとお姉さんはエンジンをかけてトゥディは軽快に進み出した。天気はとても良くて日差しは強いけれども窓を開けていると風が流れ込んできてとても爽やかだ。
田んぼの稲も山の緑も風に吹かれてキラキラ輝いているように見える。しばらく進んでいると、お姉さんが「ラジカセかけてみて」と言ったので、僕は後ろ座席に手を伸ばしてラジカセのスイッチを入れると、スピーカーから松任谷由実が流れ始めた。
真希お姉さんが松任谷由実の曲を口ずさむ。テープが止まったあともお姉さんは松任谷由実の曲を繰り返し歌っていた。お姉さんに会ったあの時、僕の瞳が輝いていたとは自分では思えないのだけれども、その歌が僕を意識して歌われているような気分になって、ただでさえシートベルトで強調された胸が気になって気恥ずかしいのに、もっとムズムズするような気持ちになる。
でも、僕もついサビのところを歌うと、お姉さんも少し恥ずかしいのか声が小さくなっていった。
「ねえ……貴文くん。2人きりのときは、呼び捨てで『真希』って呼んでくれない?」
「それは……『くん』をつけないで呼んでくれる方が先じゃないでしょうか?」
「……貴文」
「……真希」
そう呼びあった後、僕らはしばらく沈黙してしまった。ものすごくムズムズする。真希お姉さんが話し出した。
「……やっぱり恥ずかしい」
「……無理はしないで、自然にしていたほうが良いかも知れないですね」
「そうよね……自然に任せましょ」
ふとルームミラーのところを見ると、そこにかかっているものが僕が手渡されたお守りと同じものだと気がつく。
「あの、これ僕も同じものを善十さんに」
「これね、このあたりのおまじないなの。ここの山の『かみさま』は癇癪持ちで、機嫌が悪い時は山で人を迷わせたりするけど、おかしな踊りをすると機嫌を直してくれるんだって。それで、今では交通安全のお守りになっているのよ」
「そうなんですか……山で迷いやすいって?」
「単にここの山が深いから、たぶん昔は事故などで行方不明になる人も多かったからじゃないかしら?……あとは迷信だとは思うけど、ここの年をとった人たちはよく信じているみたい」
「でも、面白いお守りですね」
「そうなの。夏祭りの踊りも、こんな感じでおかしいのよ」
他愛のないおしゃべりをしながら車は進んでいく。こうした時間もとても楽しい。やがて車は山道に差し掛かった。
「ごめんね、貴文くん。この車、車高が低いから気をつけるけど、ここからはちょっとガタガタするかも?」
舗装がされていない山道を進むと、確かに少しガタガタするけどお姉さんは慎重に運転してトゥディは山を登っていく。
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