第5話 初恋

 真希お姉さんの車はホンダのトゥディという小さくて可愛らしい軽自動車だった。2ドアなので僕は助手席に座らせてもらう。お姉さんは今日は半袖のシャツにジーンズという格好だ。シートベルトが胸に食い込んでいて、すごい眺めだった。



「うーん……観光案内所の展示も大したことはないしなあ……どこに行こう?……貴文くん、まだ何か食べられる?」



「え?」



「ちょっと喫茶店にでも寄ってから高校の郷土研究部にでも行こうかなと思って。あそこのほうが分かりやすいと思うの」



「じゃ、それでお願いします」



 照れくさくて真希お姉さんの方をあまり見ることが出来ない。窓の外には緑の豊かな田舎町の風景が流れている。カーエアコンをかけずに窓を開けているほうが涼しくて爽やかだ。ちらっと運転席の方を見てみると、真希お姉さんの髪の毛が風に揺れていて、甘い匂いが漂ってくるような気がした。



 どのくらい進んだだろうか?主観的にはそれこそあっという間に僕らは町外れの喫茶店に到着した。まるで絵本に出てくるような可愛いデザインのメルヘンチックな喫茶店だ。田舎町にしてはそこそこ大きくて駐車場も広い。お姉さんが……



「デートしてるみたいだね」



 ……そう言って、僕は顔を熱くさせてしまう。喫茶店はクーラーが効いていて涼しかった。メニューを見ながら真希お姉さんが勧めてくる。



「ここのカツカレー美味しいのよ。よく煮込んであって美味しさがとろけてるって感じでカツにもとても合うの」



 僕がそれにします、と言うとお姉さんは注文をして、自分はクリームソーダを頼んでいた。大して待つことも無く、すぐにクリームソーダとカツカレーをウェイトレスの人が銀のお盆に乗せて運んできた。僕がカツカレーを食べていると、お姉さんがクリームソーダを飲みながら僕に話しかけてくる。



「ごめんなさいね。うちのお母さん昔の人だから、我が家のご飯って若い子には物足りないでしょ?」



「いえ、そんなことないですよ。いつもおいしく食べてます」



「うん、貴文くんって本当に美味しそうにご飯食べるわね」



 勧めてもらったカツカレーは本当に美味しくて、真希お姉さんは緑のソーダに浮かぶアイスをスプーンですくいながら微笑んでいて……とても幸せな時間だった。



 カツカレーのぶんを払おうとしたらお姉さんが「私が連れてきたら良いのよ」と半ば強引におごってくれて、喫茶店を出て車で少し進むと地元の高校の校舎が見えてきた。さすがにこの時代、木造ということもなく鉄筋コンクリート製4階建ての立派な校舎だ。田舎なのでとても広い。複数の町の生徒が集まるので駐輪場も広いが、夏休みなのであまり生徒も来ていないみたいだ。



 やっぱりバイクは禁止らしいけど、スクールバスもあるとは言え田舎の高校生は遠くからも自転車通学で大変だなと思う。駐車場も広い。先生は流石に自動車通勤らしい。真希お姉さんが駐車場にトゥディを停めて、僕らは高校の職員室へと向かった。



「今日は多分、恭子先生がいると思うから」



 職員室に行くと、部活や補習や他の仕事があるので先生は出てきているのだけれども職員室にはあまり人が居ない。でも、女の先生が一人いた。年の頃は……真希お姉さんより上だけれども「おばさん」というほどの年齢ではない。ほっそりとした女の先生だ。エンジ色のジャージを着て座っている。僕には正直な話、女の人の年齢はよくわからないけれども、この先生はどこかで見たことがあるような気もする。



「ちょうど良かった。恭子先生、見学させてくださいな」



「お、ミツブセの真希か。その子は?どこかで見たことが……もしかして紀明さんのところの?」



「はい、紀明は父です」



 思い出した。昔、本家での集まりで見かけた人だ。学校の先生だったんだ。



「貴文くんよ」



「あー、思い出してきた。ちょっと見ない間に大きくなったなあ」



「今日は見学させてもらいに来ました」



「おう、良いぞ!しかし真希よ、そんな少年にまで手を出す気じゃ無いだろうな?……貴文くん、真希は魔性の女だから気をつけるんだぞ!」



「恭子先生!貴文くんに誤解されちゃうじゃないですか、もう!」



「スマンスマン!展示室の鍵はあいてるから見学して行ってくれ。忙しくて案内できなくてスマンが、何かあったら呼んでくれ!」



 なんか言葉遣いが男前な感じの先生だなと思いながら、僕は真希お姉さんについて歩いていった。廊下を進んでいって、職員室と同じ1階の隅にある教室に入っていくと、そこには文化祭の展示を豪華にしたような感じの展示があった。真ん中に大きなこの町の立体模型があって、壁に写真や解説文が書いてあったりする。



「ここのほうが分かりやすいかなと思って」



 壁には古代から描かれた年表も貼ってある。



「大昔から書き起こしているけど、実際この町に人が住むようになったのは江戸時代頃からみたい」



 昭和の初め頃までは近くに軽便鉄道もあったらしくて、木材や炭を運ぶ作業をしている姿を撮った白黒の写真も貼ってあった。その当時使われた道具や衣類も置いてある。



 立体模型を見ると、地図よりもずっと分かりやすい。


 真希お姉さんが立体模型の一部を指差すと、そこには池が描かれていた。



「今日はもう遅いけど、今度ここに行ってみようと思うの。景色が良くて良いところなの。昔はここに古い神社もあったんだけどね、焼けちゃって山に行く人も居なくなったからそのままになってるのよ」



 だいぶ山の方に入っていったところにある池だ。昔は水道の水源にもなっていたらしい。



 いろいろと勉強になったけれども、それよりも真希お姉さんにいろいろ解説してもらうのがとても楽しかった。



 少し遅くなったかなと思いながら帰りに恭子先生に挨拶に行ったら快く答えてくれた。



「おう、貴文くん、あそこの展示のほうが多分、観光案内所より分かりやすいからな!それに、私もそれなりに歴史は調べているから何でも聞いてくれて良いぞ!」



 やっぱり性格も男前な先生だなと思う。

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