第3話 唇よ熱く君を語れ

 朝食をとりに居間に行くと、従伯父さんと真希お姉さんは既に出勤して、みんな朝食をとった後だった。寝坊をしたわけでもないのにみんな朝が早い。従伯母さんが僕のために朝食を用意してくれた。



「歳を取るとみんな朝が早くなっちゃうのよ。それに、今日は真希が早番だったから。貴文くんを早く起こしちゃうのも良くないなと思って」



 そういったわけで、僕は一人で朝食をとったあとでしばらく新聞や雑誌を読んでくつろいでいたけど、特にすることも無かったので自転車をお借りして散策に出かけた。この町の朝はとても気持ちがいい。暑い夏でも朝方は涼しいし景色もいい。この時刻だとまだ日差しもそう強くはなくて眩しさを感じることもない。



 町を流れる清流はとても清らかで水音も清々しい。田んぼには稲が育ち野原には夏草が青々と茂っていて風に揺れている。古びた感じの木造の家々が立ち並ぶ、時が止まったような町並みは都会で疲れた僕の心をなごませてくれる。そうした景色の中を無心で自転車を漕いでいるだけで退屈に感じることもなく、楽しく過ごすことが出来た。



 町の地図も借りてきたけど、そう複雑でも広くもない町なので、いちいち地図を広げたりしなくても迷ったりせずに済んだ。そうしているうちに日が高くなってきたので、僕は一旦ミツブセのお屋敷に戻ることにした。



 ちょうどお昼ごはんの時刻になっていたので、皆さんと昼食をいただいた。皆さんとは言っても大伯母さんと従伯母さんと僕の3人だけだ。お昼は冷奴とお漬物、胡瓜にもろみをかけたものと間引き菜の味噌汁で簡単にいただく。



 本家はそれなりに裕福なはずなのだけれども、皆さん、普段の食事は質素だ。僕もこういう昔ながらの日本的なご飯は嫌いではない。



「貴文くんは箸の使い方もきれいね」



「いえ、それほどでも」



「恭子先生とかは『今どきの子供は躾ができてない!』っていつも言ってるけど、私達の時代でも出来ない人はいましたからねえ……」



 でも、大伯母さんも従伯母さんもとても上品できれいな食べ方で、僕は少し気後れしてしまう。食後は部屋に戻って勉強の続きでも、と思っていたら、また眠くなってきた。



 何故かこのお屋敷にいると眠気を感じることが多い。自分の家よりも安心できるような雰囲気で、とても落ち着くせいかも知れない。昨日みたいに汗だくになると困るので、扇風機を回して僕は畳の上に横になった。



 僕が目をさますと、隣に人の気配がする。起き上がってみると……隣で真希お姉さんが隠しておいたはずのエッチな雑誌を読んでいた。



 そういえば早番だと言っていたから、帰ってくるのも早かったのかも知れないけれど……



「あら、起きちゃった?」



「ま、真希お姉さん!どうしてっ?」



 冷や汗がどっと出てくる。



「ふーん。貴文くんも、もう、こういうのを読む年頃になっちゃったんだ」



「あ、いや、その」



 慌てて雑誌を取り返そうとして、僕は真希お姉さんに手を伸ばして、そして……手元が狂って……そう、わざとじゃ無かったんだ……でも、真希お姉さんも動いたせいで……



 僕の手は真希お姉さんの胸を掴んでしまった。



「あっ!ごめんなさい!」



 真希お姉さんの胸は、服とブラジャーの上からだったけれども、とても大きくて柔らかかった。どうしよう……怒られるのかな、と思っていたら、真希お姉さんは思いもよらない行動に出た。僕の目の前にお姉さんの顔が近づいてきた。ふっくらとしていて可愛らしい顔。少し目尻が上がった細い目は少し開いていて、どこか笑っているような、いたずらっぽい表情だ。



 ……そして、お姉さんの唇が僕の唇に重ねられた。僕たちはキスをしていた。初めてのキスは熟した果物のような匂いがして、お姉さんの唇はとても柔らかくて、僕はものすごく興奮して混乱した状態になってしまった。たぶん、顔を真っ赤にしていたんじゃないかと思う。火が出るように熱い。



「ど、どうして?」



「ふふふ。貴文くんが可愛かったから」



「でも……」



「貴文くん、女の子とお付き合いしたこと有る?」



「無いですけど……」



「じゃ、お姉さんと練習してみない?お姉さんは嫌?」



「嫌じゃ……無いです……でも、何で?」



「そういう気分になることだって有るのよ。それに、貴文くんが可愛かったから」



 真希お姉さんはそう言うと手に持ったままの雑誌をめくっていった。



「貴文くん、こういうのが好きなんだ」



 女の人が縛られている写真のページで真希お姉さんの指が止まる。僕は、否定しようと思うのだけれども言葉にならない。だって、確かにその場面で興奮したもの。



「このお部屋ね、昔、女の人を閉じ込めてたんだって。ほら」



 そう言って部屋の襖のほうを指差すと、畳と廊下の間に幅30センチくらいの板の間があって、そこに3センチ角くらいの木材の断面が見える。それは30センチおきくらいに並んでいて、床の装飾としても奇妙な感じだ。



「何ですか?あれ?」



「あれね、昔は木の格子だったのを根元から切った跡なの。このお部屋ね、昔は牢屋だったんだよ」



 からかわれているのだろうか?時代劇じゃないんだから、そんなものがあったなんて信じられない。でも、これくらい古いお屋敷なら、あるいは、と思ってしまう。



「嘘だと思っているでしょ。でも、ちょっと待ってて」



 真希お姉さんは奥の座敷の方へと入っていって、木の箱のようなものを持って戻ってきた。



「これ見て」



 真希お姉さんが箱を開けると、そこには鎖と、鎖に繋がれた鉄の輪が入っていた。



「昔はこれで繋いでいたんだって」



 僕が何も言えずに黙っていると、真希お姉さんはいたずらっぽい目で僕の方を覗き込んできた。



「貴文くん、お姉さんを飼ってみない?」



「えっ?!」



「ふふふ。冗談よ。からかい過ぎちゃったかしら」



 真希お姉さんはそう言って立ち上がり、部屋から出ていった。僕は呆然と部屋の中で座ったままお姉さんの後ろ姿を眺めていた。鼓動がものすごく早くなっていて、息がとても苦しい。顔も体も熱くなって汗がどっと出てきた。現実感がまったく無い。



 扇風機にあたって涼んでみても全然落ち着かない。頭の中にいくつも疑問符と感嘆符が浮かんで、眠気は完全に吹っ飛んでしまっていた。

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