第2話 夢先案内人
台所では割烹着を着た従伯母さんが晩御飯を作っていて、真希お姉さんは麦茶を飲んでいた。
「あらあら、寝ていたのかしら。喉が渇いたの?」
「こんにちは、貴文くん」
「あ、こんにちは。お世話になります」
挨拶をしながらも、僕は真希お姉さんに見とれてしまっていた。
真希お姉さんは本家のお嬢様で、その頃にはもう学校は卒業して地元で働いていた。年齢は20歳そこそこだったと思うけど、高校生の僕からは、とても大人のお姉さんに見える。仕事から帰った真希お姉さんは仕事着から着替えて青っぽいスカートとベージュのニットという楽な格好をしていた。
ものすごく美人だというわけでも無いのだけれども、長い髪が綺麗で、少し目尻が上がった、笑うと無くなるような細い目をしていて、柔らかな感じの可愛らしい魅力的な女の人だ。背丈は多分僕と同じか少し低いくらいだろうか?細身の従伯母さんと比べると肉付きが良くて、僕は真希お姉さんの体の一部に目が釘付けになってしまっていた。
真希お姉さんとはそれ以前、幼少時から会っていたはずなのだけれども、その頃は確かセーラー服姿の可愛い人だったと思う。でも、その年、僕が見た真希お姉さんは、その、胸の部分に凄い特徴があった。
とにかくものすごく大きい……柔らかなニットを押し上げる二つの膨らみは、それぞれソフトボールよりも大きいサイズだった。
「貴文くん、ねえ、貴文くん」
「あ……ごめんなさい」
言葉もなく、思い切り凝視していたので気が付かれてしまって気まずい。
「いいのよ。でも貴文くんも、そういう年頃になっちゃったんだね」
「真希、あなたがそういう格好をしているからでしょ」
「だって、合う服が無いんだもの」
他愛のない会話の後で僕は冷蔵庫から麦茶をいただいて一息ついた。でも、まだ胸の動悸がおさまらない。きっと暑いせいだけではないと思う。
その日の夕ご飯には本家の家族の方がみんな居間に集まられた。高齢で少し足の悪い大伯母さんと、普段は会合などで不在の事が多い従伯父の賢治さんも、この日は夕食の席に着いていた。
大伯母さんは顔の丸い背が小さい人で、親しみやすい感じのお婆さんだ。従伯父さんは、会社を経営して町会議員もしている人なのに、線の細い感じのハンサムな壮年の人だった。そういえば、以前に家族で訪ねたときに見かけた長男の真治お兄さんもかっこいいお兄さんだったような記憶がある。
僕は居間の座卓に座って従伯父さんに挨拶をした。
「こんばんは。お世話になります」
「いや、もっと気楽にしてくれていいよ。うちが招いたようなものだしね」
「え?そうなんですか?」
従伯父さんの話では昔、高度経済成長期の頃までは本家に分家の15歳を過ぎた男子を招いて接待する習慣があったそうだ。
「もう、そういう時代でもないだろうとは思ったんだけどね、母がしきりに勧めるから貴文君のお父さんに連絡してみたら、いい返事をもらえたのでね」
大伯母さんはニコニコしながら僕の方を見ていた。
「すまんね。でも貴文くんが、そろそろそういう年頃だと思い出してね。年寄りのわがままだと思って許しておくれ」
そういう話は父から聞いていなかったな、と思いながら僕は本家の従伯父さんと大伯母さんの話を聞いていた。すると、台所に善十さんが来て、鍋を受け取っていった。離れに住む使用人の人たちの食事だろうか。礼をして善十さんは立ち去っていった。
「使用人の皆さんの食事も作られるんですか?」
「いえいえ、いつもはたいへんだから離れに台所が有るからそこで作ってもらってるのよ」
従伯母さんが答えてくれる。
「今日は口の祭りだからね」
さらに大伯母さんが言うには、この町では元々夏の祭りは3回行われて、口の祭り、中祭り、上の祭りと言ったのだそうだ。中祭りは町の夏祭りとして今も行われているけど、口の祭りは時期が早すぎて上の祭りの方はお盆の頃に近かったので、次第に廃れてミツブセの家で行われてきた程度で、今ではほとんど知る人も居ないのだという。
善十さんが持っていった鍋は祭りで食べられる郷土料理なのだそうだ。
「昔から作られている、田舎の味だから都会っ子の貴文くんには合わないかも知れないな」
と、従伯父さんが言う。シシ汁と言って、イノシシの肉を味噌で仕立てた汁だそうだ。シシ汁は僕たちの食卓にも出されてきた。豚肉とはぜんぜん違う野性的な臭みと味噌の匂い、そして熟した果実のような甘い匂いが混ざって、荒々しいけれども食欲をそそる匂いだ。
全員でいただきますと言って夕食が始まる。
「他の家では大根や里芋を入れて食べていたりするみたいだけど、うちでは昔ながらのイノシシ肉と山菜と茸なんだ」
シシ汁を口にすると、ボリュームたっぷりのイノシシ肉の野性味溢れる味が口の中に広がった。肉の脂と山菜と茸の風味が調和している感じだ。
「おいしい!」
僕は感じたことをそのまま口にした。肉の臭みが熟した果実のような香りと合わさって独特の風味の汁だ。この匂い自体は幼少時の記憶にもあったけど、素直においしいと感じたのはこのときが初めてかも知れない。
「お口に合ったみたいで良かったよ。合わない人のほうが多いんだけどね」
「都会には美味しいものがいっぱいあるから、心配だったけど良かったわ」
「貴文くんにも仁礼山の血が流れておるんじゃのう」
従伯母さんも大伯母さんも嬉しそうだ。僕は結局ご飯もたくさんおかわりしてお腹いっぱいになってしまった。
この町ではテレビの電波状態があまり良くないせいか、本家の人は食後にテレビを見る習慣は無いみたいだ。僕もあまりテレビは見ないから、あてがわれた部屋に戻って少し勉強をすることにした。
部屋に戻ると、もう布団が敷いてあった。田舎の人は寝るのが早いからおかしくはない。遠くから柱時計の音が時々聞こえてくる。勉強にも飽きたので僕は寝っ転がって密かに持ち込んだエッチな雑誌を眺めていた。
裸の女の人が縛られたり鎖で繋がれている写真や、季節柄、怖い話とかが載っていたりする。日本軍の兵隊さんの幽霊の話や昔の大きな事故の話を読んでいると、本家の皆さんから離れた部屋にいるためか、広いお屋敷に僕一人が取り残されているようで、怪談の雰囲気があってゾクゾクする。
山奥の町なので夏でも例年なら都会よりは涼しいんだけど、この夏は異常気象とでも言うのか特に暑かった。昼間とは違って扇風機も回っているし、暑苦しいということはないんだけれども空気も重たい感じがする。
昼寝をしたのにやはり旅の疲れが残っていたのか、まだ早い時刻だと言うのに眠くなってしまい、布団に入って休むことにした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「これは夢だ」という自覚の有る夢をたまに見る。この夜に僕が見た夢もそういう感じの夢だった。夢の中で柱時計が12時を告げた。豆電球も点っていない真っ暗な部屋の中で何かが動いていて、熟した果実のような匂いが香ってくる。シシ汁の匂いだ。
夏掛けもかかっていない状態で布団の上に寝っ転がっていると、何かが僕の上に乗ってきた。白い塊だ。人の肌のような感触。ひんやりと冷たく湿っている。でも、ものすごく柔らかくて気持ちがいい感触だ。
白い何かからは熟した果実の匂いが漂ってくる。それは僕の体を撫で回してきて、何とも言えず気持ちがいい。人の手のような感じだけど動物のような感じもする。それは僕の顔を舐めてきた。柔らかく湿った舌が僕の顔や上半身を舐め回してくる。
僕の下半身はすっかり元気になっていて、そこも撫で回されてものすごく気持ちがいい。でも、こうして何者かに体を触られているのに身動き一つ出来ない。
それが下着の下の僕の下半身、性器を直接触ってきた。カチカチにいきり立っているその部分をくすぐるように触ってきて、そして、僕は射精感に包まれて……そんな夢だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
朝、起きると扇風機がカタカタ回っているだけだ。外はもう明るい。あんな夢を見た後だから下着が汚れてしまったかと思って見てみると、全く異常がない。やはりあれは夢だったのだろう。
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