第82話 ウェイの守り

 突然繰り広げられるその展開には、おもわず顎もぽっかりと開け放しそうになったが、なけなしの理性で何とか抑え込んだ。

 刹那の内に思考は一時停止。その一拍後には、ポンコツで評判の脳みそが、早速みょうちきりんな空回りを開始した。


 ――え、何この状況。確かにさっき”助けて”とは願ったけども……。

 いや、パイセン!! アンタよくこの状況で出てこれたな! エアーリーディング適性の無さも、ここまでこれば大災害級だよ!!


 え、ちょっとマジでどうしよう。しかもアンタなんでよりにもよって結界の向こう側に出ちゃったのよ。何クソヤバ砲口の前に無防備に立っちゃってるのよ。そんな距離じゃ回収しにもいけないよ!!

 いや~~~! パイセン!! 相手はあの三貴子だぞ。真・最終破壊兵器なんだぞ。つまりは天上界でいっちばんヤベェ御方々のうちの一柱を敵に回しちゃってるってことなんだぞ!? さっき本人が自己申告してたじゃないの、俺は知らんかったけどな!!




 焦りのあまり、カラカラと変な方向に高速回転する頭の中には、ナゼと罵倒が飛び交って落ち着くことをしない。

 というか、パイセンはどうやって結界越えてきたんだよ! そうだよ、俺はアンタが大跳躍しても飛び越えられないほどの高くてでっかい壁を張ったんだ。だから、”激ヤバお月様ビーム”の軌道上には、入って来れるはずもなかったのに!


 原因を探して辺りをざっと伺ってみれば、また見知った気配を感じてそちらを目玉だけで見遣る。するとその場所、雲の地から随分と高い位置にある宙に、足に炎を纏い、結界の壁の上をふよふよ浮かぶホタチさんを見つけたのだ。




 あ の ヒ ト か ! !


 その業火の神、腿の中ほどから下から吹き続けるエンジンじみた炎の動きに、近未来ロボット感のある出で立ちである。しかして、仁王立ちの彼のオーラはどことなくくたびれても見えるが……まぁ大方、パイセンにせがまれて結界を越える手伝いをさせられたのだろう。お疲れ様です――じゃねぇんだよなぁ、そこはしっかり断ってほしかったよ。アンタNOと言えるタイプの日本神に見せかけて案外押しに弱いもんねぇ知ってたでも今回はちゃんと断ってほしかったかな!!


 いや、今はそれどころじゃない。一応ホタチさんは滞空しながらも結界の向こうにいてくれているが、究極に問題なのはパイセンの方である。

 自分用に展開したの十数枚の結界の向こう、マジのガチで防御ゼロの位置に、どういうわけか御降臨なされたパイセン様は、ゴチのバチで丸腰、守る手段が一切無い状態なのである。


 えっ、ホントにどうしよう。パイセンを回収しに行くためには、一度自分用の結界を解除する必要があるが、そんな隙を見せるようなことをすれば、たちまちにパイセンごと蒸発させられそうだ。きっとこのツクヨミ様は殺る。絶対に月に変わってお仕置きしてくる。オレ、シッテルモン……。


 と、そんな嫌な確信の元、パイセン救出作戦を精一杯ひりだそうとしていた時であった。


『……カミ――か』


 ツクヨミは、何の脈絡もなく、誰ぞ・・の名らしき言葉を口にした。


 は? 誰ですのん、そのお方。

 そう、こちらが疑問符に再び思考を乗っ取られれば、唐突にビリビリと大きな”声”が響き渡った。


『僭越ながら! ヤトは、このヤトノカミは! 貴台きだいの思召させるような、卑しき存在にはありませぬ!』




 ――なんとそれはパイセンであった。

 一句一句、震える”声”を放つ彼は、どうやらこちらを庇ってくれているようである。が、擁護しにきてくれたことは嬉しく思えど、節を刻みながら彼がその”声”を発する度に”終わった感”が増すのが否めない。


 もうダメだ、こんな出合い頭に確殺を狙ってくるタイプの相手に、対話が成立するとは思えない。このパイセンの話している最中にも、”お仕置きビーム”はいつ放たれたっておかしくないのだ。


 ……いけるか、俺……? 光速ビームがぶっ放された瞬間、パイセンの救助からの新結界展開かつ御殿の守護なんて……えっそれなんてムリゲー?

 いや、違う。俺ならできる。何てったってこちとら超高性能ラスボスぼでぇの持ち主、俺がやれなくちゃ、誰が出来るってんだ! ……でもちょっと御殿守護は無理……先ほどの守護宣言、言ったばっかだけど早速撤回させていただきやす!!!




 パイセンはまだ擁護の弁明をしてくれている。それは極度の緊張に切れ切れとなりながらも、確かに俺を想った言葉であることがひしひしと伝わってくることには、嬉しくむず痒くも、けれども来ては欲しくなかったという思いも混じるような、どうにも複雑な心境にさせてくる。


 それだから、いつ、何時なんとき”最終兵器ビーム”が繰り出されても対応できるよう、最大限に神経をとがらせながら、相手の神器たる鏡を見つめていた。


 ぜったいに守りたいのだ。

 煌々と溢れだす質量をも伴うその光量は、冷たい輝きでもって、目を潰さんとばかりに突き刺しにかかってくる。しかし、本当にその神器の恐ろしさをひしひしと本能に訴えかけてくるのは、感覚器官たる角の方であった。ツクヨミと神器とウェイのパイセンと、その全ての気配を精一杯に角に受け止め、”その時”が来るのを待つ。




『かく矮小なる眷族の愚見にございますが、どうかお聞き入れ願い申し上げる!!』


 そしてついにぞ、その文句でもって、パイセンの奏上が締められた。

 相手は相変わらず冷たい視線を俺に向かって送り続けていた。今のパイセンの申し立てを聞いていたのかもその無表情からは読み取ることが出来ない。

 より警戒を強める。蛇腹に力を籠め、いつでも飛び出せるよう、機会を狙いつづける。気配を伺い続ける。




 ――そうして両者睨み合い続け、一瞬にも何百年にも感じるような時が流れた時、ついに事態は動いた。


『汝の言い分、如何様にして証明できようか』


 今も俺へと向け続けられている三貴子の重厚な神気が、突然にしてパイセンにも降り注いだのだ。

 そのあまりにも深い重圧にパイセンの持つ神気が押し潰され、その存在が揺らぐほどにかき乱される。


 これはまずい。

 天上界産100%神力タイプのパイセンにとって、自前の神力こそが彼の存在たらしめるもの。この状況はとても芳しくない。


 しかして直ぐに縁を通じて、こちらの霊力を送り込んでパイセンを強化しようとしたとき、彼は速やかにそれを制止したのだった。


『良い、ヤト……それは無用な気遣いよ……』


 弱弱しい”声”で言うのだ。


『これは、我の受けるべき試練なり……なに、心配することはない……我には、ウェイの文言がある……たまには、兄らしく振舞わせてくれ……

 ――大丈夫。お前は、我が守ってやる故、……ウェ、イ』




 なんで。

 絶え絶えの”声”なのに。小さくて、掠れて、今にも途切れそうだってのに。

 その中に交じる確かな意思を感じちゃ、こっちだって動けなくなるじゃないか。


 そうして、こちらが何もすることが出来ないでいるうちに、この場に満ち満ちるプレッシャーの根源たるツクヨミは問うのだ。


『祟り神は狂気の堕ち神。しかもこれに、今は人の子の信ずる力さえも届かぬと言う。……自我を保っていられるはずがない。たとえ見かけはまともに見えようとも、よ。先の祟り神のように、今にもこの場を爛れさせるやもしれぬ化け物ぞ。それをどうして無害であると言い切れる』


『ヤトは、ヤトは……おしなべての祟り神とは、決して同じものではございませぬ……!』


 言い切る言葉も、ツクヨミに響く様子はない。


『――”ヤト”、ね。汝は近頃、これを"弟"と称して回っているようだな。何をされた』


『何を、と仰られますと……?』


『隷属させられているのかと聞いている。言えば、直ちにこの汚らわしき堕ち神を切り裂いてくれよう』


『っ、いいえ、何も。何もされてはいますまい……我はただ、真にこ奴を弟と思っているのです』


『それは真に汝の思うところか』


『さよう、左様に御座います』


 刹那、大いなる闇が広がった。




『――破れば、汝ごとこれを切り捨てるとしても。未だ同じことが言えるか』


 三貴子が一柱、月の化身は実に温度の無い"声"で問うた。今までの比にない重圧。意識も漆黒に塗り潰される夜の化身の神気が、ただの小さな一天津神に襲い掛かる。


 それに対し、小さな神は、ウェイの神は、今まで急所を押さえつけられた死を待つばかりの哀れな小動物の如く震えていたこの神は――はは、と表情を緩めて笑ったのだった。




『我が末弟が真に堕ちる事は、万に一にもございませぬぞ。貴台様』

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