第81話 吃驚するたび寿命が縮むね

『――自らは、三貴子が一柱、月の神。ツクヨミなり。各地に出でし、災禍に乗じて荒ぶる祟り神を、夜の食国ヨルノオスクニより打ち取らんと来たり』


 どこか軽々しく演じるがごとく振る舞いて、しかして確かに感じる圧倒的なまでの重圧を込め、その神は自らを場に示したのである。闇色の両の目と薄い口元が、三日月の弧を描いた。

 とたん、対する大蛇の頭飾りが、虹の色彩に瞬いた。太い帯の髭の内を、北の空に浮かぶ極光がごとく光が波打つ。


 それを見たウェイの神は、たちどころに察した。

 ――あ、ヤトの奴、これは知らずに対するものなりや。

 と。






 ――????? 今なんて? は? ツクヨミ? 今ツクヨミって言った?

 ……え、聞き間違いとかじゃなくて? あー、待て待て。いま俺の脳みそちゃんったら、災禍のせいでポンコツに仕上がっちゃってるらしいから、それで誤変換しちゃったのかもしれないね。あ、ポンコツなのはいつもの話か。


 表面上では”どっしりと構えている感”を意識しながらも、内面では例のごとくの大パニック。毎度おなじみ、フルパニック・カガチノミコト・ヤトノカミたぁ俺のことよ。

 今し方名乗られた名前を全く理解できずに、頭の中は”ハテナ”が超乱舞。色とりどりに光を散らして点滅する触手を尻目に、意識はどこぞへとぶっ飛びそうな心地である。


 いや、確かに妙―――に強いなとは思っていたのだ。それこそ、黄泉の国の戦闘狂様とやりあっていた時レベルで消滅の危機を感じたほどには。1OUTで退場(物理)程度のクソ難易度である。内心今までずっと泣き喚いてたもんな。


 だけどもだ。どっかのスとかサとかいうヒトとのデジャブをビシバシと感じてたとしてだよ。まさか、ホントのホントにご兄弟様だったとか聞いてないんですわ。ふざけないでいただけますこと?

 は? これ俺終わったやつでは? 不敬罪で処刑されるやつじゃん。あ、だからさっきから殺意マックスハートで追っかけてこられてるのね、納得~~~!




 ――いや、できねぇな?


 憤慨して彼の神の方を見遣るも、全身すべてで感じる圧倒的格の差にボッコボコに打ちのめされた。ヒェァア!! 何で俺、こんなのと敵対しちゃってんだよぉ!! 絶対無理ゲーだろいい加減にしろ!


 いや、よく考えて見ろ。事実として、先に攻撃してきたのは向こうさんではあるまいか。それなら正当防衛も働くというものだろうよっしセーフだセーフ。俺から手ぇだしたわけじゃないもんね。初手クビキリ殺意の波動攻撃されたら誰だって反撃もするよね仕方ない。しかも俺、最初の対面の段階で「ちょっとアナタ、いきなり首切ろうとするの止めてもらえませんかね」って、ちゃんとオハナシも試みたんだもんね! 華麗にスルーされたけどな! 全くデジャブだな!!


 何て精神攻撃だ。ただでさえ大混乱だった脳内は、向かい合う敵の正体を知るや、大混沌の境地を迎えた。精神力が必要な時だってのに、とんでもない先制攻撃を喰らったものである。――しかし。




 がっちりと嚙み合った、幾本も並んだ鋭い杭の歯列をギリリと噛みしめる。そして、普段は表層に出した感情に押し殺した、今も魂の奥底に燃える”俺を祟り神たらしめる恨み”をぐいと表に引き出した。一息の内に塗り替えられる感情に、全身の血管が一気に沸騰する。


 せわしなく点滅していた触手の色が、ぐんと赤一色に押さえつけられる。漏れ出でそうになる瘴気を押し殺し、噛み合わさった杭の牙の内に押し込める。

 沸き上がる、ふつふつと湧きたった黒い感情を再び沈み込ませれば、一気に頭が冷えて冷静な心持となった。心が落ち着くのと同時に、触手の色が紫の仮面に塗り替わる。




 何がどうであれ、現在超強大な存在に敵対してしまっている事実に変わりないのだ。ならばやることは一つ。当初の計画通り、まずは今から飛んでくるであろう必殺技を受け止める。そしたら、いい感じに結界で逸らして、そのエネルギーを空に打ち上げて逃がすだけだ。……やること、二つあったな。


 大丈夫大丈夫、ラスボスぼでぇに成りたてホヤホヤだったあの頃でさえ、スサノオの必殺技受けてもギリギリセーフだったんだ。

 あの時、威力を軽減してくれていた虹剣扇の盾は、どうも今使えない状況にあるようだけれど……。




 沸き上がる不安には気づかなかったことにして、前方、宙に浮かぶ黒い影を遮るように、幾枚も霊力の結界を展開する。


 蛇型の体高よりも大きくはあるが、この金色の結界は、和魂神力を源とする虹色の盾よりも脆い。昔スサノオと黄泉の国で戦りあっていた時には、彼のただ神器の剣をふるうだけの通常攻撃にさえ、煎餅か何かのようにパリンパリン打ち砕かれていた有様だ。

 だけれど、無いよりはましなのだ。主に俺の精神状態に。


 にこやかな表情とは裏腹に、相変わらず必殺技のタメの姿勢に入っている彼の方を見れば、なんだか涙がじわりと滲んできた。そんなに涼やかな笑顔なのに、なんで殺意の波動もマシマシになってんですかねぇ?


 ……そりゃそうか、太陽の御殿にとぐろ巻いちゃってんだもんね、俺。姉上様の頭上に居座っちゃってるわけなんだから。

 でもまさか「御殿・うぃず・元タカマガハラ全域・+α八百万の神々」を盛大に巻き込んででも俺を消しにかかってくるとか思わないじゃんね。ちょっとは躊躇してよ、そういうところ弟様にめちゃくちゃ似てる!!




 せっかく落ち着けた心は再び恐怖に侵食されつつあった。完全に乗っ取られて触手の色が変わる前にと、せめて霊力を極限にまで練り上げていれば、いきなりビリビリと荘厳な”声”が響いてきたのだった。


『つまらぬな、ヤトノカミ。貴様がが真に祀り上げられし祟り神であるというのならば、民に授かりし和魂にぎたまが力を見せてみれば如何かな。それとも、汝を信ずる人の子の力が信じられぬか』


 ドスドス飛んでくる視線には、三つの目を全て潰されそうな気さえする。しかし、その言葉の内容には、少々障るものがあった。いくら小心者の俺とはいえど、故郷の村に関することには敏感なのだ。


『使わぬのではない。使えぬのだ。今は力の根源が断たれている。このヤトノカミも、災禍の後より調子を損なう一つなり。……故に、私が、我が氏子らの想いに違えることは、決して無い』


『ははは、あり得ぬ。人の子の信ずる力でもってのみ正気を保てる祟り神が、どうしてそれを断たれて意思を保てようか。』


『私は元より”こう”であった。この姿と成り果てたその時より、我が心を手放したことは一度も無し。……この災禍に至るまでは』


『さるたわけ話を信じられると思うか』


『貴方が何を想われるかは知らぬが、スサノオ様は我が最初の時を存じておられる』


『……ほぉう、あのスサノオが。そういえば、近頃そのような噂を聞いたような気がする』


 にやり。美丈夫の面に、破天荒な弟によく似た笑みが浮かんだ。

 こちらも堂々たる様に見えるよう心を強く保って受け答えをしているが、俺の目を覆う鱗の裏はもう水分でべっちゃべちゃである。モウヤダ! コワイ! 高貴な方々との対話ヤダー!!


 会話の間にも鏡にはエネルギーが溜め続けられて、どんどんとそこから発せられる神気の密度がおかしくなって来ていた。いや、最初からワケわかんなかったけども!


 え、それまだチャージするの? そろそろオーバーキルなのでは? ねぇそれマジで俺、原型なくなるまで吹き飛んじゃう奴では?

 ……やだやだー!! 俺、自称神の野郎を八つ裂きにしてからじゃなきゃ成仏できないのぉー!! ヒィエアッ誰かー!! ヘルプ!! ヘルプミー!!!




 そのようにして心の中で泣き叫んでいた時であった。ある一つの”声”が場に響き渡ったのは。


『や、やめよぉーッ!!』


 見れば、重なった結界の向こう。どうやって現れたのか、それは小さな小さなゴマ粒のような立ち姿がある。

 角で感じる粒の正体。それは、よくよく見知った神気を纏っていて。




『こ、こやつを……ヤトを! な、討ち給いそ!!』


 彼の月の御神と向き合い、小山がごとき大蛇を背に、両の手を目一杯に開いた胡麻の一粒。

 そこには、足を生まれたての小鹿のように震わせ、顔中を様々な汁でべちゃべちゃに汚したウェイの神が、今にも腰をすっぽ抜かして気を飛ばしてしまいそうな有り様にて立ちはだかっていたのだった。

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