第66話 歪な世界

 一体全体何だったんだ、あの衝撃は。空間が入り乱れて、自分を見失うほどにぐちゃぐちゃにかき混ぜられたみたいで、それで。


 突然の天変地異が落ち着き、真っ暗闇の中に閉じ込められて暫く。ぼんやりと縮こまった思考が、渦を巻いて戻って来る。

 暗闇の中、目を見開いて硬直している。目を見開けど、暗闇なので何も見えない。闇。何もない。


 わんわんと自分を構成する根幹の部分がぐらついている。内部から、ナニカが外側に向かって広がろうとして行く。ねじがぐらつく。きゅうくつだ。ナニカがあふれそうになる。こぼれる。


 ――と、その時。不意に、とっ散らかっていた思考がすんとクリアになって行く。内側から現れた■■は、絡みつくようにそのどす黒い触手を伸ばし、ソレらを己の傍へと引き寄せる。■■はきちんと整頓され、あるべきモノがあるべきトコロへと還って行く。


 深い場所に潜っていた意識がざぱりと浮上して、飛沫しぶきを上げてナニカは飛散していった。






 ……何だ、さっきのは。

 何か竜巻にでも巻き込まれたんだろうか。まるでミキサーに放り込まれたみたいだった。洗濯機なんて、そんな次元じゃない。ぐるぐる回って、目に見えない刃で切り裂かれて。360度全方向からの絶え間ない衝撃だった。もしも咄嗟に結界を張れていなければ、一度は確実にスプラッタミンチになっていたことはまず間違いない。


 と言うか、何なんだここは。真っ暗で狭くって、体のパーツが全部固定されてしまっている。


 なにかに挟まれて身動きがとれなくなっていたので、力にものを言わせて這い出てみれば、ぽっかりと開けた外が見える。見上げた空には美しかった青は無く、雲も無ければ闇もない。


 そこには、ただぽっかりと開けた白いだけの空間が広がっていた。


 周りを見渡せば、ただ白いだけの空間のなかに、極彩色に塗られた瓦礫の山がある。

 俺はどうやら、積み重なった瓦礫の中にすっぽりと埋もれてしまっていたようだった。とりあえず、まずはこの胸から下が全て山に埋まっているという奇妙な状況をどうにかしようと、直ぐ傍にあった巨大な岩をヒトガタパワーにものを言わせ転がそうとすれば、動き出した岩は、まるでその重量を感じさせない動きで毬のようにぼいんぼいんと弾んで、どこかへ跳ねていってしまった。


「はえー、パネェわ……」


 しばし唖然とその行方を見送っていたが、ふと、月面をはねる宇宙飛行士の姿の映像を5倍速にしたらこんな感じかなぁと、頭の隅に思った。




 なるほど、”地面”はあるらしい。けれど、その姿を視界に捉えることはできなかった。


 何度もよたつき足を取られながらも、何とか瓦礫から這い出すことが出来た。最後に、何かの塊同士に挟まれていた触手をその隙間から引っ張り出せば、脱出完了だ。

 そして、山の山腹からぴょいと何もない・・・・ところへ跳べば、”地面”に降り立った。その目に映ることの無い床の上から下を覗き込めば、先にはただ白いばかりの空間が続いている。


 スカイツリーのガラス床かな?

 どこかあやふやな真下の景色を見つめ続けていると、何だか不安な気分にさせられる。


 モヤモヤする心を振り切って逆に天を仰げば、水中を揺蕩うかのように、木片や石のかけらが虚空を漂っているのが見えた。取り残された、元の世界を構成していた世界の欠片たち。


 重力までもが、しっちゃかめっちゃかだ。

 天に根を張り、地面こちらに向かって枝を伸ばして来ている大樹の姿に、ぼんやりとそう思った。


 そして、注意は自然と”とある方向”へと向かう。

 遠くも見えるが、しかし近くにあるようにも感じるそこには、ただ一つ丸い光源があった。白っぽくあるが、黄色く色づいているように見え、また赤い気もする不思議な球体。その光はあまりにも眩しくて、長く見つめ続けることはできない。――しかし、自然とそれが”太陽”であることを、魂で理解するのだ。


 この唯一の光があるからか、目に映るおかしな世界は、この目ではっきりと像を結んでいた。

 ――だからこそ、この世界がつい先ほどの様相から、まるで様変わりしてしまっていることを嫌でも知ってしまったわけであって。




 改めて辺りを見渡してみても、付近には誰もいない。三つもある目玉を全て凝らしたところで、何一つとして動くものの姿を捉えることはできなかった。気配を探ろうとも、何の反応も得られない。


 こうなっては仕方あるまいと、角の方に意識を集中させた。いつもはセーブしている縁探知の能力を全開放し、己に繋がる糸のその先を探るのだ。


 手繰り寄せる糸は、つい先ほどまで一緒に語らっていた天女さん達のものである。彼女らとは割と何度も会っていたものだから、縁の糸もそれなりにしっかりと成長していて、指程度の太さには育っていた。


 紐とも称せるほどのそれらを辿ってみれば、直ぐに反応を示した。

 フムフム、全員バラバラに飛ばされてるけど、とりあえず存在はしてるっぽいな。消失した反応は一つもない。――けど、何かが変だ。

 どうも、いつもははっきりとわかる位置情報が、妙な返答を返してくるのである。常にはない感覚。脳みその中に突き刺さった棒で、ぐちゃぐちゃにかき回されているみたいだ。




 これは昔俺とフュージョンした蛇野郎こと、ドッキング蛇太郎氏の情報なのだけれど、蛇という種族は、人間にはない第六感にて力を感じ取ることができるらしい。つまり、気配を読むのに長けた種族なのである。

 蛇と言う種族でありさえすれば、神も妖怪も下界を這いずるものも同じで、見通しの悪い森の中でも、黄泉の闇の中でも、何かが潜む気配を感じ取る索敵能力は抜群である。また極めれば、気配一つでその者が誰であるかを特定するまでに至るのだとか。


 てっきり祟り神に成ったからそういう機能が備わったものだと思っていたのだけど、人の道を外れて初期から使えた索敵能力は、どうやらラスボス君が蛇だったから・・・・・・使えたものらしい。要は種族特性的なもんだ。


 そして俺の場合、この種族特性と祟り神に成って備わった特殊能力たる、縁受信機関の角が合わさったことにより、更に精度が爆上がりしたようなのである。結果、見ようと思えばいつでも、どんなにか細い縁だろうがその糸の持ち主を特定し、さらにその正確な位置情報さえも得られるようになったのだ。これに関しては、最早スマホの位置情報と比較しても謙遜ないくらいの精度だと自負している。


 そしてこの縁GPS機能、マジで便利だ。どこかからエマージェンシーコールがあった時には現場にすぐに飛んで行けるし、旅好きの住所不特定の知り合いのところに遊びに行きたいと思った時にも、縁を辿ればすれ違うことなく会いに行ける。

 それで、今この非常事態にも全くもって有用なのだ。ホント、ラスボスぼでぇってハイスペックなんだよなぁ。さすが、原作で主人公陣営が頭悩ませてただけあるね。ただ、著しくプライバシーの侵害をしてしまうこととなるので、いつもは全力で見ない様にセーブしているのである。


 縁なんて、ヒトとヒトが一度会ったら、勝手に結ばれているものでしかない。だから、特に何の下準備をすることもなく、ただ対象と出会うだけで祟り神の十八番たる呪もベリベリイージーに送り放題なのだ。

 まぁ、目の前にもいない極細の縁の糸の持ち主相手じゃあ、呪を送り付けたところでどんなに霊力が少ない相手だろうが、抵抗されて気づきもされないのがオチなのであるが。実は糸の太さに応じて、出力制限がかかってしまうのである。って俺はウイルスか! ……いや、そもそもやらないんだけども。




 セルフツッコミを入れながらも、天女さん達の現在位置を割り出してゆく。この白い空間が本当に特殊なのだろうか、いつもじゃあ考えられないような反応の仕方をしており困惑するばかりである。いつもはすっきりと対象の居場所が分かるのだが、今回は位置反応が全く違う方向に一瞬飛んだり、同じ地点周辺を明滅するような感覚だったりと、完全にバグっているのである。味わったことの無い気持ちの悪い反応に、完全に臓物の底から酔ってきた。うっぷ。


 しっかし、助かったな。縁の糸は太ければ太い程その持ち主の位置が探り易くなるのである。コレがもしも納豆の糸状態だったら、見つけるのにとんでもない時間がかかるところだった。その間に10回は胃の内容物をリバースする自信がある。


 そうして限界突破しそうなのを無理やり押し戻しつつ、反応の一つ一つをガマンして注視してみれば、バグ反応の中心となる地点がそれぞれにあることに気づいた。

 きっとここにいるに違いない、そうだきっとそう信じれば夢は叶うんダ!! ……無理だこれ以上通信をつなげてたら吐く待ってもう無理ヴェッッ――




 一番近くにある反応と合流するため、透明な地面を蹴って宙に跳び出した。

 走りながら恰好をいつもの戦装束に変更する。ついでに口元も拭い去った。軽く瘴気を通せば、分解されてきれいさっぱり。

 ドレスチェンジは一瞬だ。神力を使って念じるのみ。全体的にひらひらしている天上界用の衣装より、やはり裾の窄まった戦装束の方が動きやすいのだ。


 反応のあった場所から考えるに、天女さん達はそれぞれがかなり遠くまで飛ばされてしまっているようだった。

 それならばと体中の神力を練り、全力の出力で地面を蹴る。とたん、轟と耳元で風が唸り、直前まで足に触れていた地点が一瞬で後ろへと遠ざかった。


 走る走る走る。常ならば、どんどん景色の過ぎ去って行く世界は、今はただただ白いばかりで、自分が何処に居るのか全く見当もつかない。時折目前に現れる、宙にぽっかりと浮かんだ不自然な瓦礫や木々の破片は、こちらに迫った傍から遠ざかって行く。一瞬後には遙か後方に流れ行くそれらだけが、俺が今前へ進めていることを教えてくれる、唯一の道しるべだった。


 俺は空を自力で飛行する術を持たない。だから、宙に浮かぶ世界の破片を、蹴って蹴って蹴って蹴って蹴って、前へ前へと進むのだ。

 幽霊モードは地面から足を離すことはできるが、浮いているだけだし速度も出せない。蛇型に成っても、蛇腹で押せる大地の無いこの場では、力なくうねることしかできない。そして、妖術を使って翼あるものに変身するよりも、ヒトガタのこの足で走る方がずっと速いのだ。


 ――今この時取れる最善手は、こうして全力で走るより他にないのである。

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