第67話 跳んで跳んで跳んで

 空に、宙に。ランダムに、ぽつぽつ飛び散る世界の欠片達。

 木々の一部。欠けた岩に、茅葺き屋根。

 至る所に浮かぶそれらを踏み踏み、一歩一歩と加速する。 


 そうして移動して気づくのは、やはり重力の法則が狂っているということだ。

 着地する度、そこが地面となる。空が反転する。三半規管がぐるんぐるんと回り、嫌な浮遊感を臓物の間に得る。


 また一つステップを踏み、ぐんと速度を得る。

 ダンと一足、超高速の弾丸となって飛び出せば、進行方向たる直ぐ目前より、ぐんぐん近づいてくる巨大な神力の塊を感じ取った。と、不意に襲い来る嫌な予感に、咄嗟に体勢を捻って前方へ向かって両足を突き出せば、ドスリと重く固い衝撃が、足を伝って全身を駆け巡った。




 壁だ。いや、地面だ。透明な大地がある。


 障壁に足が触れた瞬間、世界が90度半回転して、足元に体重が吸い寄せられた。ズシリと重心が切り替わるというのは、黄泉の国を同じように立体起動で跳びまわっていた時には、決して得られることのなかった心地である。――とても不自然で、気持ちが悪い。


 宙に突如として現れた壁は、それ自体が発する神気を感じ取るに、かなり広範囲に面として広がっているらしい。が、意識を集中させてその反応を探ってみれば、少し離れた場所で急に途切れているようであった。

 見えない地面を蹴り、そちらへ跳ねて行って見れば、確かに障壁はなくなっている。へっぴり腰でも、一応へりから触手の先端を突っ込んで探ってみたんだから間違いない。さりさりと。


 この透明な壁はきっと、目覚めた初期地点にあった、あの足場と同じものなんだろう。

 ……しかし弱った。これじゃあ、全力で走ったって壁にぶち当たって自滅しちゃうじゃないか。集中すれば壁の在りかは突き止められるけども、縁GPS機能をONにして、更に走りながら気配を探るのなんて無理寄りの無理である。




「あっちゃー……」


 思わず、額に手を当て天を仰いだ。と、その時手のひらに、ふんにゃりとした感触を得る。

 ……いや俺、第3の目開眼してんじゃん! 普通に"視"ればいいだけやないかーい!


 何忘れてんだ俺。特に封印されてることも無い、使い放題の魔眼だよ。何なら普通の"視える"ヒトの範囲よりも更に広い範囲に対応してる、その筋の最高ランクの逸品だよ。いやー、うっかりうっかり。


 誰に見せるともなく頭に拳を当てて舌を突き出しながら、額の目に神力を集中させてみれば、見える景色が新しいものに切り替わって行く。

 ラジオのチューニングを合わせるように、顕微鏡から覗く世界のピントを合わせるように。ゆっくりと見えないものの感覚を、視覚として処理していくのだ。すると、一度は水の中を覗いたようにどぶりと曇った世界が、ある地点を過ぎるとはっきりと像を結んだ。




 浮かび上がったのは、今まで見えていた景色よりも一段と奇妙な世界だった。そのあまりの異質さに、思わず眉を潜める。


 視界のあちこちに、奇妙に整頓されて角ばっている、巨大なブロックのようなものがあちこちに浮かんでいたのだ。

 それは妙に人工的で、無機質だった。まるでゲームの世界が、次元を突き破ってこの世界に混ざり込んできてしまったみたいに、そこだけがこの異常な世界のなかでも更に異様なのである。


 何処までも硬質で温度がないのだ。こんなの、氷雪のつららの方が、まだ柔くてあったかいだろう。




 ……うーん、何処のMの字がトレードマークの配管工が暴れまわってる世界観かな? こんなところ跳んで移動したら、完全に「イッツァ俺ターイム」じゃないか。マンマミーア!

 ジャンプした瞬間、プーンとか気の抜ける効果音聞こえてきたらどうしよう。


 怯えながらも少し期待しつつ、軽くジャンプしてみても何も音は鳴らなかった。いや、今までも見えてなかっただけで、このへんてこりんな空間自体は最初から広がってたんだから、考えてみれば鳴らなくて当然である。


 違う、こんなことしてるバヤイじゃない。今とるべき行動は、天女さんたちと合流することだよ。こんな気味の悪い空間にボッチでいたら、何が起きるかわかったもんじゃない。

 だから、決して俺が心細くなったとか、怖くなっただとか、そんなんじゃないんだからねっ!




 サードアイをオープンアイズしたからには、もう遠慮なんかすることは無い。足場と言う足場を跳んで跳んで跳んで跳んで、最短距離を突き進むのみである。


 思えば、久しぶりに全力疾走をする。天上界でやったのは、最初にここにやって来て以来だな。あの時は神々の皆々様も、全力で衝撃波ブッ放してたんだから問題あるめぇ。

 全力で動くということは、動くにつれ自然と発生する衝撃波のせいで、周囲に凄まじい影響がでてしまうのである。そんなんだから、いつもならば特別な許可が出ない限りは黄泉の国くらいでしか思う存分暴れまわることはできないのだが。

 ……そういや、前にの黄泉の国に行ってからどのくらい経ったんだろう。最後に脱出したとき、入り口に張ってあった某風の御神の結界をブチ破ってから、恐ろしくて帰還していなかったりもする。


 あーっっと!! 何故だかあのムッキムキでひげボーボーの勇ましき姿を想像したら、全鱗が逆立っちゃったぞーっっと!!

 ――ともかく、この有事に衝撃波だのなんだので遠慮することも無いだろう。許可は貰ってないけど、特別な時ってのには変わりないんだし。そもそも、環境破壊以前に、元ある世界は既に破壊されしつくしてしまっているんだから。




 ともかく、そうして崩壊した空間を駆け回り、順々にひとりふたりと角レーダーに引っかかった天女さんたちと合流するうち、被害に巻き込まれたであろう他の神々とも道中で出合った。そのヒトたちも特に行先もないということで、そのまま行動を共にすることとなる。


 すると不思議なことに、集まった数が増えるにしたがって、真っ白で何もなかった世界に、うすぼんやりと色が戻ってきたような気がしてきたのだ。様々な神々が一度に会した効果だろうか、段々と世界が修復されていくようにも見えた。


 それが勘違いなどではないことは、すぐに分かることだった。やがて数刻も経てば、世界の形はその原型がつかめる程度にまでは回復してきていた。もうあの不自然な透明の人工的ブロックも宙には浮いていないし、天地がはっきりと分けられたことで、狂っていた重力の法則も収まりつつある。世界はどんどんと色づき、すりガラスのようにぼんやりと透けてはいるものの、茶色の見慣れた大地も戻ってきていた。オマケに、ぽつぽつと産毛のように緑の下草も生えて来る。




 しっかりと踏みしめることのできる地続きの大地が出来たのならば、もうヒトガタの小さいままでいるメリットなんてない。そう思ったものだから、蛇型に成って、いつかのようにこの場の神々を全て乗せ移動することを提案すれば、快く受け入れられたので即座に変身した。


 一気に高くなった視線で周りを見渡せば、世界が整いつつあるのは、今多くの神々が介するこの場に限った話だということが分かった。遠くの方には、まだまだ白いだけの空間が荒涼と広がっていたのだ。

 けれど、同時に朗報もあった。遠目だが、至る所でぽつりぽつりと、この場と同じように色を取り戻し始めている箇所があったのだ。


 きっとそちらにも、こちらと同じように神々の集団がいるかもしれない。そうこの場の皆様に伝えれば、どこでもいいから色のついた場所へ行けとの指示が出たので、角アンテナの示す、残りの天女さんたちの座標のある集団の元へと向かうこととした。


 ――と、そう行き先を、見た目のご長寿そうなお方に一応断っておけば(どんなに若い見た目だろうが、この場の全ての存在がハイパーご長寿であることは言ってはならない)、ここまで正確に縁を感じ取ることができるのは、縁を司る神くらいなものだと驚かれた。

 その事実にこちらも驚くと同時に、よくよく考えてみれば、俺の呪の能力も、縁に関係するものだったのかもしれないと気づく。


 確かに、俺の神力が縁に関係する系の力だったとすれば、神気の結晶でもある俺の角が縁受信機関であるのも理解できるし、呪いに関しても、瘴気をまき散らす直接法以外に、ジャジャマルのテリトリー騒動で使った、縁を辿って呪を送り付ける送り付ける方法もある。


 どうやら、角蛇であるジャジャマルやドッキング蛇太郎は、元々縁を使うような術や器官は持っていなかったようだし、これはラスボス君固有の能力なんだろうか。ジャジャマルの方は、俺の眷属になってからは、いくつか出来るようになったっぽいけれど。


 そうしてみれば、縁結びは出来ないだろうけど、ぶった切る方なら何だか出来るような気がしてきた。使う機会はほぼない割には無駄に切れ味の良い、俺の召喚出来る虹色に光るサイリウムみてぇな剣は、普通は切れないようなものまで切ってしまうことが出来るのだ。何なら、気合を入れれば、気体である瘴気さえも切れる。


 まぁ、切ったらあの黒いもやもやは浄化されてしまうから、この技は永久に封印したんですけれども。瘴気は俺にとっては高級食材、食べ物です。


 ……んー? でも、これだけソースがあるんだったら、本当に縁を断ち切れたとしても、何もおかしいこともない、のか?


 えっ! ってことは、俺ってば縁結びの神様と同類ってことだったのかしら。真逆の方向に突き進んでるけども! ……今度縁結びの神様でも、ウェイ先輩に紹介してもらおうかな。俄然、話を聞いてみたくなったよ。


 愛の狙撃手キューピッドならぬ、リア充切り裂きジャックにだってなれちゃったりして。ぐふふ。


 嫌がらせのレパートリーが新たに増えたところで、神々の集団の気配が感知圏内に入ってきた。その中に知った気配を見つけたものだから、にわかに上がるテンションと共に、地を這うスピードを一段上げたのだった。

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