第48話 ネンイチ帰省の冒険譚

 まつり? マツリ……奉り、祀り、祭り……MATURI???




 想定もしていなかったワードがいきなり出て来たもんだから、しばし脳ミソが完全に停止した。何とか復旧してからはコトバの予測変換が行われようとしたものの、失敗して結局再びフリーズすることとなった。脳内はもう”ハテナマーク”の超乱舞である。

 まつりって……? え? なんかヤベー事態が発生したんじゃなかったの?? アレ? マツリ?


 すると巫女頭さんは、目をカッ開いて鼻息は荒く、今にも破裂しそうなほど米神に血管を浮き出でさせながら早口に言った。


「今年もやって来たんですよ”小皿の豆の渡せるはし・豆納面人とうなめんと祭”の季節が!!」


 そのあまりの勢いに若干身を引きつつも、やっと合点がいった。

 Oh……”祭り”ね、理解した。ってかまだやってたんかいソレ! 皆大好きだね豆摘まみゲーム!

 マジで何が起きたかとビックリしたわ。ていうか、そんな鬼気迫ったように言うことじゃないよね?? とんでもない災いでも起きたかと思っちゃったじゃんねぇ!!


 驚き慌てた分思わず半眼になれば、巫女頭様は悪びれもなくシレッとのたまった。


「今年は貴方様が一度姿を見せて下さったものですから、今年度の祭にはきっとお越しになってくださると信じ、祈りをささげた次第でございます」


『あー、そうね、ウン』


 パスがつながった今ならば、強い願いをくれればいつでも飛んでいくけどね、ウン。でもさ、やっぱりびっくりさせるのはよくないと思うわけよ。心臓が脳天突き破ってロケット脱出する程度には驚いたんだぞ。

 でもまあ、この祭りって神事……つまり、神への捧げものとしてやってるわけだもんなぁ。なら当事者がいなけりゃやっぱ虚しいよなあ。うーん、折角返って来たんだし守り神様と一緒に見るかぁ。アニウエも添えて。


 と、そこで腕の中がさみしいことに気が付いた。

 あれ、そういえばアニウエどこだ?


 きょろきょろと辺りを見渡していれば、背後の扉がガタリと独りでに開いた。ふと足元をみれば、アニウエが恨めし気にでっかい単眼のつぶらな目でこちらをじとりと見上げていた。


 アッごめーんアニウエ! アニウエは幽霊モードになれないから、普通に物理法則が作用するんだった。きっと俺が壁をすり抜けた時に、ひとり壁の向こうに取り残されちゃったんだな。

 てへ☆ 俺ちゃんってば忘れてた! てへぺろ!!






 結局豆摘まみゲーム大会は、守り神様と眷属たちも誘って、俺の社の屋根の上という特等席から観戦することにした。ここならば会場の広場が一望できるのだ。


 そんでもって観終わったわけですけれども。

 まあ、盛り上がったよね。悔しいけど俺も立ち上がって声援を送ってしまうほどには盛り上がっちゃったよね。試合が進むにつれ、アニウエを抱きしめる力が強くなって一回汚い花火にしてしまったくらいにははしゃいじゃったよね。アニウエは俺の超再生を受け継いでいるから潰されようが何でもないのだけど、一応申し訳ないとは思っている。


 でもはしゃぎ方では守り神様の方が尋常じゃなかったと断言できるぞ。興奮度合いというか、あの、程度がちょーっとすごかったのだ。


 盛り上がった守り神様は声援を送る内にヒートアップして、自分の眷属の蛇の一匹をぐるぐるブンまわしたり引き千切らんばかりに引き延ばしたりと大分やらかしていたのだが、グッタリとした哀れなその子を放り投げたかと思えば、己の蛇の下半身で俺を締め上げに掛かって来たのである。


 別に守り神様は攻撃しようと思って周りに被害を出していたわけではない。ただ、ちょっとアツくなって周りが見えていなかっただけの話である。

 ただそれで害を被るこちらとしては、たまったもんじゃないのである。興奮して溢れ出た守り神様の神力に、幽霊状態であったのに当然のように物理攻撃の影響を受けて締め上げられた。ホントに死ぬかと思った。

 いや、死にも気絶もしないんだけど、だからこそずっと苦しさが永遠に続いたというか、オチることによる開放が永遠に訪れなかったというか……ギブって言ってんのに全然放してくれなかったし……

 ウン、止めようこの話は。


 あと元豆チャンプ少年。君、相変わらず強かったよ。全然現役だったわ。ぶっちぎりで豆チャンプ村長むらおさだったよ。

 なんかもう俺、感動しちゃったよ。特に最後、豆を摘まんだ箸の先端を天高く掲げて勝利の雄たけびを上げたところなんか、思わず涙が零れちゃったもん。ホントにいい試合だったよ……




 改めて観た豆摘まみゲームは、知らないうちにところどころ進化していた。

 一番の変化は、選手たちが赤い角飾りのついた黒い面を被るようになったところか。彼らを豆納面人とうなめんとと言って、顔を隠すことでこの祭りの日は身分も関係なくなり、全ての参加者が対等に勝負できるようになるんだってさ。いろいろツッコミたかったけれど、ここはあえてスルーだ。


 何でそんな飾りが増えたのかと守り神様に問えば、この村が他の大きな国の属国になってしまったことで、今まであった領地も皆大きな国のものとなって、大会に参加できる人数が減ってしまったのだとか。そこで下民の衆と戯れていたという祭神に倣って、俺がいなくなってから重鎮の部と下民の部に分かれていたところを、再度初回のように合併してこの形式になったんだとさ。


 仲睦まじきことはよきかな。祭神ってつまり俺のこと。面を被って俺の真似をすることで皆が仲良くなってくれたってんなら、そんなに嬉しいことはないよ。


 ……まぁ結構面白かったし、毎年大会の開催されるこの時期に帰省するってのもアリかな。






 そんなわけで始まった俺の大冒険は、年一で帰省することと相成った。


 天上界、下界、黄泉の国。三つの世界を股にかけ、天上界と黄泉の国では時に蛇型にもなって、自由気ままに旅してまわることのなんと心躍る事か。それぞれの世界がそれぞれ同等に広いのだ。常に新しい発見はあれど、退屈することなんてなかった。


 そうやって旅をしているうちに月日は流れ、いつのまにか故郷の村からは、俺がこの世界に生まれて人として過ごした日々を一緒に生きた人々の姿は一人としていなくなってしまった。


 最近の下界では、この日ノ本の大部分が一人の王によって治められ、制度や規律が整えられて、戦乱の世も大分落ち着いてきたように思える。

 西の方には都が出来た。そちらの方はかなり栄えていて、活気もあって大変面白い。その都に出来たでっかい御殿で行われる朝礼は壮観の一言だ。ここ数年で大陸からの最先端ファッションが取り入れられて、お偉いさまの恰好はポップに色が入り乱れていて目に楽しい。


 大陸の方にはよく連絡船を寄こしているようで、古墳時代だってのに案外グローバルなものだった。

 アポなし訪問で見て回った全国の村々にも、海の向こうから来た人々が結構住んでたりもした。

 彼らを見た瞬間、「渡来人だぁ!」なんてテンション爆上がりで即座変化の術を使って人に化け、村人のフリしてしれっと紛れ込んで交流にいったよね。ウチの村は内陸なこともあっていなかったんだよね、渡来人。因みにアニウエは最近変化の術を覚え、蛙に化けられるようになったもんだから化けさせて懐に隠した。


 言葉は一切通じなかったけど、ジェスチャーで無理やり貫き通した(”声”を使えば通じるんだけれども、それをすれば人外即バレ、一発退場なのである)。でもって、焼き物片手に肉体言語で通じ合った俺たちは謎に意気投合して、彼らの作る須恵器すえきっていう陶器の前段階のような焼き物の製作所に突入することになり、見学するうち俺の芸術魂が暴れだして一つ器を作って見せたところ、向こうさんにも何かが着火してしまったようで、唐突に陶芸大会が繰り広げられることになった。


 俺にも焼き物の経験があったものだから、ついつい勝負を挑んでしまった。

 それは箸づくりに明け暮れていたころ、土師器はじきっていう土器造りと出会ってから一時期激ハマりして、村の技師たちに交じって器から埴輪までいろいろなものを作っていたんだ。


 須恵器も土師器も、シンプルで使いやすいのが特徴なんだけど、この時ばかりは縄文のころのようなド派手で魂の叫びを表現したような作品を大量生産してはお互いの芸術性を爆発させた。


 最後にはお互いの健闘を称えあって、出来上がったモノを交換することになった。俺は親友を象った渾身の作の埴輪を渡し、向こうも世界のオーラを具現化したかのような装飾を纏った器をくれた。その日の最高傑作を交換し終えたころには俺たちの間に確かな友情が芽生えており、「しぇいくはんどじゃあ!」とばかりにガッシリと手を握りしめ合ったものである。




 都を観光していた時には、幽霊モードで忍び込んだお偉い様のお宅でシルクロード爆走土産の宝の数々を見てひとりで興奮していた(アニウエはそのお宅の池にしばし放流させた)。ペルシャ感あるよく分らん形状の置物を見つめていると、なんだか妙に気持ちが弾んでくるんだよね。


 中には年代物の宝たちが付喪神になっていて、意思疎通できるものとは話もした。”声”を使って互いの心を連結ガッチャンコ、筒抜けの心は映像記憶さえも提供してくれたもんだから、劇場版の臨場感を持ってお互いの国の話に没頭したのだ。


 陸路で越えて来た数多の国々、嵐の海を乗り越えた船上での日々。

 モノたちの眺めて来たそのワックワクの道中話にすっかり引き込まれて、聞き終わったころには海外に出てみたいと本気で思った。下界じゃあ本性の蛇姿に戻るわけにもいかないから、この日ノ本から外にはなかなか出られないのだ。




 ああ、いつか外航船に乗って行ってみたいな、海外。

 ひとつ。遠い海の向こうを想って、ため息をついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る