第47話 行き当たり(精神が)ばたんきゅー

 全国行き当たりばったり旅巡りはノープランでがむしゃらに進んでいるだけなものだから、本当に行き当たりばったりなのである。


 だから当初の俺の計画としては、進み続けて行きついた人里なんかを変化の術で旅人姿になって観光したりして転々として行こうと思っていたのだけれど、ちょっと前に森の中に突入してから全くそこから脱出できる兆しがない。紅葉シーズンにテンションがブチ上がってノリで山に入ったはいいものの、それから出られなくなってしまったのである。なんてこったい。


 ……森ってめちゃくちゃ面積広いんだな。進んでも進んでも永遠にが広がっていて、全く景色が変わらねぇ。

 入った当初は紅葉シーズンを迎えてカラフルに色づいていた森も、いつの間にか真っ白に塗り替わってしまっていた。どうやら散々彷徨っているうちに季節が移り替わって冬になったらしい。


 とにかく、ずっと同じところを回り続けてるんじゃないかってくらい景色が全く変わらないのである。あるものと言えば、禿げた木々と雪。以上である。

 まぁ、進むごとにそこに住んでいる妖怪の皆様と新しく出会ったりするから、一応座標自体は動いているようではあるのだが。




 木々は結構な密度で生えているものの、葉をすっかりと落としてしまった森の地から天を見上げれば、青い空がはっきりと見える。もうここに入ってからどれくらい経つのかは知らないけれど、日が沈んだり登ったりした回数で考えるに、既に一か月くらいは経ってるんじゃなかろうか。そろそろ色のある景色が見たくなってきたけれど、どうしたら脱出できるのかすらも分からない。


 この景色に飽きる前までは、幽霊モードにてふわふわと障害物をすり抜けながら、こうした人の通る道の一切作られていないような場所を物理法則ガン無視で飛び回っては、秘境と呼ばれるような奥地をアトラクション感覚で巡ったり、時にはヒトガタの身体能力にものを言わせて、居合わせた血気盛んな妖怪たちとタイマン張ったり、申し出があれば眷属にしたりなどして過ごしていたのだがもう充分である。今は一刻も早くこの場から脱出したい。いや、マジで。




 山道には雪がてんこ盛りに積もっているが、幽霊モードの俺には何の障害にもならない。勿論寒さだって感じない。『すこーしも寒くないわーん!』なんて陽気に歌いながら、ふわふわと宙を漂いつつ銀世界を死んだ目で見つめていた。


 そりゃあ最初はきれいだとは思っていたけれど、こうウン日も見続けていれば心も一切動かなくなった。もう今はここから脱出することしか考えていない。こういう時に空を飛べないってのは不便である。幽霊モードじゃ宙には浮けても空は飛べないのだ。


 ラスボススペックで空ぐらい飛べるようにして欲しかった。逆に何でラスボスなんて強キャラなのに空が飛べないんだ。謎が深い。


 個人的に強いキャラってのは軒並み空を飛ぶ能力を有しているような気がするのだけれど、このラスボス君にはどういうわけか空を飛ぶ術には適正が無かったらしい。ヒトガタの脚力にものを言わせて”跳ぶ”ことはできるのだけれど。


 元の姿が巨大すぎるから、それで空まで飛べてしまったら日本どころか世界侵略も余裕になってしまうからその調整でもされたんだろうか。

 チキショー、俺も空飛んでみたかったよ! やっぱ飛行能力って憧れるもんだよ。「そーらーを自由にっ、とーびたーいなー」なんて誰しも歌ってることじゃん。この世の心理じゃん。コッソリ竹とんぼ頭に刺してみたくなるじゃん。


 前から思っていたのだけれど、ラスボス君って、誰かを害することにおいては作中トップレベルの性能をもってるってのに、こういう生活で役立つようなスキルは本当に適性が無かったらしい。他にも出来るようになりたい術ってのはいっぱいあったけれど、頑張ってみても全然習得できないんだもの。これはもう適性がなかったのだとしか思えない。


 くっそぉ、呪いスキル何てものは普通に生活する上では一ミリもいらねぇんだよ。せいぜいが気に食わない野郎に嫌がらせするくらいにしか用途が無いんだよ。そんなものはいらねぇから生活に役立つスキルをくれよぉ! この森を瘴気で溶かして進んだろかゴラ。


 そんな風に心の中で悪態をつきながら、寒さで動かなくなったアニウエのもちもちのぼでぇを弄ぶも、あても無くただまっすぐ平行移動する以外にすることも無い。転生特典があるとはいえ、いい加減に精神崩壊を起こしそうである。既に心は悟りの境地にあった。


 幽霊モードでいても、自分の力の一部を分け与えた眷属にはすり抜けずに触れられるのである。この寂しい状況に、生体反応があるものが一緒にいるってのは思ったよりも心強かった。しかも前世の実家にあった、近所の百貨店で何となく購入したストレス解消用の伸びるバナナのおもちゃの代わりに握りつぶしたり引き伸ばしたりしたところで、アニウエは頑丈なので全く無問題なのである。むしろちょっと気持ちよさそうにしている節すら窺えるものだから、存分ににぎにぎさせてもらっていた。




 そうやって無理やり精神の健康を守りつつ、この様子を誰かが見たのならアニウエが空中浮遊しているように見えるんだろうなぁ、だとか至極どうでもいいことを考えていた時である。


 その”知らせ”は、本当に突然にやって来たのだ。




 ―――ヤ……ノカミ様、ヤトノカミ様、我が声が聞こえますでしょうか。もしもこの声をお聞きになっているのならば、今すぐこが村にお出で下さい! アレが、アレがやって来たのでございます!

 お願いします、どうか召しませ、ヤトノカミ!!―――




 澄み切った青空広がる晴天の日に、降って湧いた稲妻に打たれるがごとく唐突の出来事。

 脳内に電流が駆け巡ったかのように錯覚するほどの強い思念波が飛んで来たかに思えば、頭の中にビービー警報が鳴るように願いが流れ込んできた。


 あれだ。普段の願いがメールの着信ならば、こちらは緊急地震速報みたいな感じだ。テコテコリンと、テレビから唐突に流れてきた時の心臓の跳ね具合と言ったら。チキンハートには少々ダメージがでかいのである。


 その知らせの主の切羽詰まった尋常でない様子に、即座テレポートの術を使って神域経由で社まで戻れば、社の内部にワープする。


 ―――って、この脱出方法があったじゃないか。何で今まで気づかなかったかな、俺!? 旅に出た手前ちょっと恥ずかしいけど、いったん故郷と言う名のリスポーン地点に戻れば簡単に人里に出られたじゃないか。ここ数週間の苦労がアホらしくてしょうがないよ。

 いや、今はそれどころじゃないんだった。とりあえず何が村で起こったのか把握しなくては。


『一体全体、何が起きたんだ!?』


 幽霊モードでいたものだからそのまま扉をすり抜けて出てみれば、次の瞬間巫女頭さんが五体投地で地に蹲っている光景が目に入った。


「ああっ! ヤトノカミ様、お出でになって下さったのですね!」


 巫女頭さんはバッと顔を上げると、目尻から涙をポロリとこぼした。巫女頭はさんは”視える人”だから、幽霊モードだろうが俺の声はちゃんと届くみたいだ。

 傍に寄って何があったのかと問いかければ、彼女はか細い声を震わせ息も絶え絶えに答えた。


「今年も、今年もやって来たのです……アレが、アレが……!」


『何がやって来たんだ……?』


 ”今年も”ってことは、割と高スパンで”ソレ”はやって来てるってことになるのか? 俺がいない間に一体何があったというのだろう。出発前、ヒサメは全然そんなことは言っていなかったし、やっぱり何か無理をしてたんだろうか。


 ……ともかく、ソレが何であろうが村に降りかかる災いは排除してやる。大事な故郷に何か危害を与える存在がいるというのならば、俺はソイツを絶対に許さねえ。


 自分の中で静かに決意を固めていれば、巫女頭さんは小さな体を小刻みに揺らしながらも、それでもしっかりとこちらの目を見据え、そのつり上がったまなじりを決して言った。




「やって来たのです―――祭の季節が!!」


『はぇ?』

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