第34話 味音痴はダークマターを創りがち

「……とりあえず、試せるだけ試そうと思います」


 出来なかろうが、やる気があるという意志だけでも見せねば。せっかく修羅場を乗り切ったってのに、俺はまだ死にたくないんだ。

 何かできるとも知れないけれど、とりあえずその場にとどまって瘴気に向かって念じてみる。


 ぬうぉおおん、ぬうえぇいい、キレーニナレー、キレーニナッテクダサーイ。


 お、瘴気自体は割と意のままに動くじゃん。気体のソレを念力を飛ばして操作し、これ以上広がらない様に渦を巻かせて纏めてみる。

 だけど……だめだ。消えろと願ったところで消える様子はない。




 「ちょっと無理かもしれませんねー」という思いを込めて横目で伺ってみれば、スサノオには首を横に振られた。


 あ、だめ? もっとやってみなさいって? ウーン、そんなこと言われてもなあ……

 原作知識の方になんか使える知識はなかったかしらーんっとな。


 念力でもにもにと、粘土をいじるように瘴気をこねくり回しながら考えてみる。何かをいじりながら考えると、結構考えって纏まるもんだよね。


 あ、そういえばラスボス君に限らず、主人公たちの敵となる強い妖怪ってのはいろいろ喰って強くなってた気がする。

 この”いろいろ”ってのは、同じ妖怪同士であったり、人間であったり、そこらに奉られている神であったり、本当にいろいろ・・・・だ。

 自分の力をつけるために、他者の持っている力を喰うんだ。


 そうだ。たしか原作には、どんな種類でも力ある存在を喰らえば、その力を取り込んで強くなれるシステムがあったはずだ。

 ちなみに”力”っていうのはRPGでいうMPとHPの合わさったみたいなもんだ。たしか、いろんな種類があって、皆持ってるもんだったはずだけど……詳しいことは忘れた。


 まあ、とにかく、ラスボスにメタモルフォーゼ出来るほど”霊力”って種類の力がたっぷりだった俺は、妖怪共に狙われ続けていたわけだ。

 今思い返してみてもすごい吸引力だったもんな。オババに結界を張ってもらうまで、毎晩毎晩とんでもない安眠妨害を受けたものだ。

 俺とフュージョンしちゃった蛇さんも、結局は俺の霊力にホイホイされてやって来たそういう輩の一体だったわけで。「瀕死の今がチャーンス」と美味しいところをかっさらおうとやってきて取り込もうとすれば、逆に俺に乗っ取り返されてしまったわけですが。ざまぁでござる。




 それはさておき、このシステムをうまく使えば、瘴気の回収・・が出来るのではないか説が今ここに浮上してきたぞ。浄化じゃなくて、あくまで”回収”というところがポイントだ。


 だって今回まき散らされた瘴気の原材料は、俺の何らかにカテゴリされる力じゃん。ってことは、出来上がった瘴気だってきっと力に還元できるはず。


 さて、ここでさっきみたいに”消えろ”と念じるのではなく、”集まれ”と指令を送り、瘴気を一か所に集めるとする。

 もしも集まった力の塊瘴気を、喰らうことが出来たならば。


 いや、もう一気に片付いちゃいますよね、コレ。

 やっべー、俺、天才過ぎかよ!




 よし、思い至ったらレッツらゴー! 気分アゲてこ、ヒアウィーゴー!!

 まずはビビッと念じて瘴気の大集合だ! 一体に散らばってるもやもやを、すべて俺の真上に集めちまうぜ!


 ぬうおぉん、来い~、ヘイカモ~~ン、集まってクダサーイ!


 空に突き上げた両掌、その上空に真っ黒で実に禍々しいオーラを放つ瘴気玉が作られて行く。

 ゆっくりと回転させながら集めることで、球の形に丸め込んでゆきまーす。気分は戦闘系宇宙人だってばよ、オッスオッス!


 かさが多すぎて膨張する球を、念力で無理やり押し込めて密度を高めて行けば、アラ不思議。明らかにヤバいオーラを放ち始めました。

 オノマトペでは、確実に「ゴゴゴゴゴ」と表されることはまず間違いないでしょう。実に禍々しいですね。


 しかし、もっとヤバいのは俺の嗅覚の方だったのです。ワーオ。

 確か原作の方では、可視化できるほどの濃い瘴気は、「ダイオキシンと腐臭を掛けて二乗したみたいな生理的に気分の悪くなるニオイ」がするとの設定をなされておいででして、それはスサノオの様子を見ていれば納得の一言。公式チートの彼でさえも、顔を顰め、服の袖で鼻を覆わなくてはならないようなヤバいシロモノらしいんですね。


 しっかし俺の鼻ったら、この劇物を甘くておいしそうな良い香りとしてキャッチしてしまっているのですよね。あぁら、不思議。


 このスサノオという神をして、顔面に「不快感」の文字を全面に張り付けたかのような反応をされる程の瘴気さん。ところがどっこい、今の俺にとってはスイーツパーラーに潜入したかのような、パン屋の排気口の前を通った時のような、素敵で夢見心地になるような香りとして感じられているのですヨネー。


 ははは、超おいしそう。




 おそらく祟り神仕様と思われるヤバイ五感センスが判明してしまったところで、どうやら無事に喰えそうだからこのまま処理してしまおうと思う。


 あっ、でもこの光景、なんとなく覚えがあるぞ。ラスボス君のスキルにあったわこういうの。回復兼バフ付けパワーアップのアレって、こういう原理だったんだな。わざと瘴気を最大噴射でまき散らして、それに刈り取られた力やら魂やらを絡めとって、一気に回収して吞み込むんだ。


 雑魚の一斉駆除、回復、パワーアップを兼ねたえっぐい技ですわ。この場合の”雑魚”が何たるってのは、町で使われたことにお察し願いたい。

 流石ラスボス、大厄災だよ。あの時の主人公サイドの絶望感ったらなかったよね、胸糞!


 だけど、瘴気が回収可能って分かったことは単純に嬉しい。だってこれから怒る度瘴気が噴射される体質に付き合っていかなくちゃならなくなったって時に、その瘴気を自分でどうにか出来るってことが判明したんだから。

 自分で尻拭いできるってのは結構大きいことだよ。体質も改善できるようだったら、追々していきたいなぁ。




 さて、そんなこんなで完成いたしました瘴気玉。もともと更地になる前にまき散らしていた分は、先のスサノオのクソ範囲攻撃で地形ごと消し飛んでしまっていたために、今回集めたものは、最後に俺がやるせなさにブチ切れた時の分だけでございます。


 ”だけ”と言っても、俺の蛇形態のデカさで全力でまき散らしたやつだから、結構な範囲が汚染されていたみたいで、頑張って小さく纏めたけれど、それでもクジラみたいな大きさになってしまった。


 これではヒトガタ形態ではとても対応できなかったものだから、体を溶ろかして頭部のみ蛇型を構成して、ばくんと一口で吞み込んだ後はすぐまたヒトガタに戻った。


 傍から見れば、地面から首だけ生えたようにも見えたかもしれない。だっていちいち全体を形作るのがめんどくさかったんだもん。どうせまたヒトガタに戻るんだから、楽したっていいじゃないの。


 で、肝心のお味の方は、一口で呑み込んでしまったからよく分らなかったけど、呑み込んだ瞬間にこう、五臓六腑に染みわたるというか、滋養にいいものを食べたときの感覚というか。健康にすっごくよさげで……うっとりするほどいい気分になった。とっても妙な気持ち。


 と、それを見ていたスサノオが疾風のごとく駆け寄って来るや否や、俺の肩を鷲掴みにすると、ゆさゆさとすさまじい勢いで揺さぶり始めた。

 わわわわ、洗濯機の中に突っ込まれたみたいだ、やめ、やめちくり~~!


『おい貴様、そんなものを呑み込むなど何を考えている! 悪いところはどこだ、吐け!』


「いぃえぇ、むぅしろ、大変んん、体調がぇ、よ、よくなりっ、ましたぇ」


 ねー待ってそんな顔しないでって、ドン引きヤメテ。急にミキサー制止するのもやめて。いや、それは嬉しいんだけど。でも急に止まるからオエッてなったんすけど。




 いやね、そっちの感覚の方が正しいってことは分かってるんだよ。俺も正直、自分で自分のこと引いてるもん。だって明らかにヤバイもん食っちゃったもんね、俺。でもそんなあからさまに引かないで。見せつけるように引かないで。ちょっとくらいはオブラートに包んで。


 いや、分かるよ。腹が勝手に蠢いちゃうような、すんごくおいしそうな匂いがしたもんだから、嫌悪感は最初から湧いてなかったけどさ、普通は生理的にムリだよね。

 うん、わかる。わかるよ。キッツいダイオキシン死臭のする、どす黒いタールみたいに粘っこいものを固めた物体Xなんざ、そもそも食いもんですらないことも分かるんだよ。俺もそういった感覚はあるよ、この世界に来るまでは一般人でしたからね。

 ただ俺にとっては世界一のショコラティエの究極の一粒が目の前にあるような状態だったというだけの話なんですよ。


「でも、これで命令には応えることが出来ましたよ」


 そう、何はともあれ、俺は最高神の命を無事遂行することに成功したのであーる。もう俺ほんとよくやったよね。自分で自分をほめちゃう。イイコイイコー!


 無理やりに話題を捻じ曲げれば、スサノオは思い出したかのように叫んだ。


『うむ、ならば行かん!』


 言うや否や、スサノオは俺を俵担ぎにおこめさまだっこすると、地を蹴り空へと飛び立ったのである。


 ―――刹那の出来事であった。

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