第二章 神代編・上

第33話 パワハラって良くないと思う

 あな、恐ろしや。


 交じり合う数多の神気は厳かに空気を震わせ満たし、こちらの肌をちくりちくりと刺すようにも感じる。周りを取り囲むそれぞれが非常に位の高い神々であることは、あえて言われずともひしひしと伝わってくる。


 ここは太古より在る天津神の住まうところ。小市民たる俺なんぞが足を踏み入れていい場所では、決してない。


 つうと首筋を伝う冷や汗の感触。ごくりと生唾を呑み込む。

 ここは”俺”として立っていていい場所ではない。”カガチノミコト”という王子として、また、”ヤトノカミ”という祟り神として臨まなければならない局面。


 覆い隠せ、殻を被れ。纏え、演じろ。

 ここからは外面モード全開だ。こっちだって十七年間王族やってきたんだ。このくらいの修羅場、事無く乗り越えて見せよう。威風堂々、いざいざ参る。


 目をつむり、一つ息を吐く。再び瞼を開くときには、既に思考は切り替わっている。意思に応えるように、視界の端にちらりはためく触手が紫に煌めいた。


 立ち上がって衣を払い、見てくれを繕う。

 体中に視線が突き刺さる感覚を味わうも、気圧されぬようただ心を強く取り持つ。


 胸を張って立て。背筋は伸ばして、視線は落とさず、真っすぐ門を見定めろ。気を引き締めるのだ。弱みを見せるな、ただ強く在れ。




 暫くその場に佇んでいれば、ついに巨大な門がゆっくりと音を立てて開いていった。

 門の先から波のごとく光が押し寄せる。質量をもつかのように溢れ出た、眩いばかりのそれに思わず目が窄まった。それでも凝らしてよく見れば、門の中心に人影がある。光の正体はどうやら、そのヒトから差す後光のようであった。


 人影は、その装束を見るに女人のようであったが、その立ち振る舞いはどこまでも雄々しい。

 惜しみなく放たれる、スサノオとはまた別種の圧倒的なまでの神気に自然と頭は下がり―――気づけば金の雲の地に平伏していた。






 時を辿れば、村の皆との会話を終わらせた後にまで遡る。

 村から少し離れた場所で待っていたらしいスサノオの目の前までたどり着けば、微笑ましいものを見るような目で見られた。その反応になんとなく嫌な予感を覚えて、内心げっそりとした心持になる。


『申し訳ございませぬ、お待たせ申し上げた』


 今のところは敵対もされなくなったことから、態度と言葉遣いを正し詫びを入れる。

 だってこのヒト、よく考えなくてもすっげぇ神様だし。今までの態度は、向こうさんが殺意ガン積み対応で来られたから、こちらも対等に相手をさせてもらっていただけなのだ。


 なんかこう、王子的反射神経的なやつだよ。敵意マシマシで向かってこられたら、強気対応で返さなきゃならなかったんだよ。パッパ直伝の王族ムーブのマニュアル通りに動いたまでなのよ。ダカラオレワルクナイモン。


 内心言い訳祭りだったが、ちらと伺い見れば、スサノオはによによとその強面を緩めていた。アンタさっきから生暖かい視線送ってくるのやめて頂けませんかね? なんか気恥ずかしいんですけども。


『あれが貴様の素であるか』


『……外では体裁を取り持つよう、申しつけられております故』


『我の前でも、あれでおってもよいのだぞ』


『ご冗談を』


 やっぱり聞かれてたかー! 知ってた!

 いや、そうじゃないかなーとは薄々感じてたけれどもね。でも、一つ言わせていただきたいことがある。


 俺"声"使ってなかったんですけども。

 ナマの声だったんスけど。ここから村まで悠に30mはあるんですけれども。

 薄々気づいてはいたけど、ホントに聞こえてたん? 地獄耳かよ。アンタの耳がご冗談だよ。


 冗談ではないのだがな、と言って近づいてきたスサノオは、俺の頭をポンポンと軽く叩いてきた。


『……なにをなさいますか』


『いや、な。貴様、数刻前までは人の子であったのだろう。難儀なことであったな』


 ウン、大体アンタのせいでストレス値マッハになりましたね。ラスボスメタモルフォーゼの件で自称神に重ねてた恨み辛み成分が大分吹っ飛んじまったくらいには難儀でしたよね。

 マァ、先の一件が終わった時点でアノヤローへの殺意はすぐさま回復して、加えたい制裁リストにまた一つ項目が増えましたけどもね。NEW!!

 いやー、転生特典保険適用外の案件だったからね今回は。今度ばかしはマジメに死ぬかと思ったよ。


 自称神、本気で覚えとけよ。




『どれ、我の前でもあのように振る舞って見せろ』


 そしてアンタは諦めないのな。

 まあさ、確かに目の前であんなに素を出しちゃったわけだから、今さら取り繕っても無意味な気はしますけどもね。でもアンタ、自分がなんたる神かってことを今一度考えた方がいいと思うんですよ。こっちは恐縮してるのでございますよ。


 あ、でもこれは強制のパターンですね。圧がすごいもん。従わないと捻り潰すって顔してるもん。

 もうヤダこのパワハラ上司。


「分かりました! 分かりましたよ! でもこれくらいで勘弁してください、これ以上崩すのは無理ですって!」


 おれくうきよめるこ。外面はぶん投げ申し上げて、態度を改めた。

 でもパッパには内緒にしたかったから、声帯を使った普通の声に切り替える。


 すると、スサノオはそれに満足したように頷くと、わしわしと俺の頭を掻き撫でてきた。

 アンタは俺をなんだと思ってるんだ。五歳児か。まあアンタからすれば、俺なんて子供どころかバブチャンでもなく胎児みたいなものなんだろうけどさ。




 それにしても、タカマガハラか。イマイチ実感がわかないと言いますか……ん? まてよ。

 たった今、すごいことに気づいてしまった気がするぞ。もしかして、タカマガハラに自称神のヤロー、いるんじゃねぇか……?


 タカマガハラってところはすごい神様=力ある神様たちが住んでるところらしい。

 で、自称神ってあんなんだけれど、多分おそらくきっと結構上のポストに居るんだと思うわけよ。だってあんな簡単に別の世界線上に魂送り込んで転生させられちゃったわけだよ、しかも特典付きで。こりゃ相当力ある神じゃないとできない芸当だと俺は思ったわけですよ。力の差がありすぎて殴れないかもしれないことを思えばしゃくだけどね。


 ……これは楽しみになってまいりましたなァ!

 ぼっこぼっこにタコ殴りにしたうえで八つ裂きにして、ミンチにして丁寧にこねて美味しいハンバーグにしてやっからな!! デミグラスソースの海に沈めてやんよ!!


 新たな人生くれたことには一応感謝してないこともないけれど、テメーから避けようのない理不尽な死をもらって人生強制キャンセルからのラスボス街道に投げ込まれたことに対して、怒りが湧かないはずがないんだよ。テメーなんかハンバーグだ!! 首洗って待ってろ!! 力及ばずとも、必ず何らかの復讐はやってやる。




『さて、それではタカマガハラへ、いざ行かん!』


 声高らかにスサノオが叫んだ。

 おお、ついにか。どうやって行くんだろうなぁ。なんかすごい神様パワー的なので魔法陣的なものを呼び出してシュバッとかっこよくキメちゃうんだろうか。


『―――と、言いたい所であるが、その前に貴様、ここら一帯の瘴気をどうにかしていけ』


 ズッコー!! なんでや! 今完全に出発する雰囲気だったじゃん!

 ……ど、いいますか。


「大変申し上げにくいんですけど、俺は瘴気を発することは出来ても、浄化する方法は知らないんですよ」


 だってまだ祟り神に成ったばっかなんだよ? アンタがさっき言った通り、俺って祟り神歴数時間のぺーぺーぞ? もしそんな力があったとしても、使いこなせるわけないじゃん。原作知識上でも、ラスボス君が浄化系の技使ってるところ見たことないし、そんなこと出来るかどうかなんて全く未知の領域だよ。


 それにだよ。今現在俺たちは黒ずみ地面の上を歩いてるわけだけども、スサノオが歩く傍から瘴気が蒸発して清浄な空気になってるわけなのよね。

 ……俺よりも適任のヒトが、こんなにも近くにいらっしゃると思われるのですがねぇ。


「あのぉ、貴方が歩いたところがどんどん清められていっている気がするのですが……」


 意訳:アンタがやってください。できるんでしょ?

 それとなーく、遠回しに伝えてみれば、


『うむ。我が浄化するのが一番手っ取り早い上、そうしたいのも山々である。しかし、先に貴様が人の子らと戯れている間、我も姉上に申しつけを言付かったのだ。我はこれ以上何もするなとの仰せであった!

 しかし、一帯の瘴気はどうにかせねばならぬ。そこで貴様にめいが下ったのだ。


 喜べ、姉上直々の命であるぞ』




 ひょ、ひょぉうえぇいぃ!!


 まって♡

 もうこれ強制ですよね。最高神直々の命とか責任が重い、重すぎるよ! それなんてムチャ振り。


 え、ホントに待って。

 出来なかったらどうなっちゃうんだコレ……殺される……?


 ミギャァおれまだじにだぐないぃ~~!

 自称神、絶許。

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