第35話 ドキドキ☆恐怖の神会見
「ヴァアアアアアアアアアア!!」
ねぇまってせめて事前になんか言ってよそれはいくらなんでもいきなり過ぎるってア―――ッ!!
って、いぃっだぁ!! 舌噛み千切ったぁ!!
突然の出来事に、ただ叫ぶことしかできない。凄まじい重力に押しつぶされ、めちゃめちゃに振り回されては方向感覚も既にない。
スサノオは空を蹴って、上へ上へと昇る。一つ足を踏み出すごとに雷鳴が響き渡り、嵐が巻き起こり、暴風にすべてが吹き飛ばされてゆく。
初めに舌を嚙み千切ってからは、必死で口を押えて開かないようにした。舌自体はすぐに再生したけれど、そうそう味わいたい痛みじゃない。あと、俺は血の味が好きじゃないんだ。
てかこんなアグレッシブに昇るもんなの!? かぐや姫的展開を想像していた俺が馬鹿だったよ! よく分らん羽衣的なものを着たら、空が飛べるようになるんだと勝手に思ってたよ!! まさか大変物理的なジェットコースターの数千倍怖いアトラクションに強制乗車することになるたぁ、全く思わなかったぜ!!
金色の雲を突き抜けようやくその動きが止まった時には、完全にグロッキー状態になってしまっていた。
雲の床に無造作に投げ捨てられ転がされたが、受け身が全く取れずにべしゃりと打ち付けられる。
おヴぇえぇ……ぎもぢわるいぃ……
ぐるぐると回る視界の端に見えた触手は、枯草のような色をしていた。薄く儚く弱弱しく光っている。
……萎びとるやんけ。
『姉上! スサノオが参った!!』
スサノオの声がする。けたたましい音に、頭がぐらぐらと揺さぶられる。なにやら、木の戸を殴りつけるように叩いているようだった。
ちょ、もう少しばかり静かにしてくださらないかしら……おぇ……
ぐらつく重心を気合で抑え込み、何とか身を起こす。そうして辺りを視線のみで見渡した瞬間、どきりと心臓が跳ね上がった。
そこは天上世界。
天から差す日の光に照らされて、金の雲の地は果てしなくどこまでも続いている。
目の前には立派な御殿があった。神社の社のような造りにも見えるそれは、素晴らしく大きく広い。
その規模たるや、今世の実家でも張り合えぬほどの荘厳さ。それはもう、比べるのもおこがましいほどに。
入り乱れる極彩色は八百万の神々の装束にして、その全てがこちらを伺っていた。その威圧感たるや。
気づけば、人ならざる面々の好奇の視線のその焦点に俺は立っていたのである。
「あぁ~~~ようやく……」
天を見上げれば太陽がある。
地に尻をつけて座り込んでしまえば、もう一歩も動けなくなってしまったのだ。出来ることと言えば、ただ空を見上げ、口をぽっかりと開けたまま呆けるのみ。
ここは下界。
うっそうと茂る深く暗い森の最奥、昼間でも薄暗いここは、夏でもひんやりとした空気を漂わせ、物々しい雰囲気と不気味さの中に、どこか神秘的なものも醸し出している―――はずだったのだが、森の上空からスサノオが上空からダイナミック天下りをして、周辺の木々をなぎ倒して吹っ飛ばしてしまったがために、空には美しい青空が広がり、そこからサンシャインが
うん。実にうららかなこと限りなし。
『おい、何を呆けて居るのだ。早く腰を上げんか』
不意に陽光を遮り、影が覆いかぶさる。スサノオである。
逆光の強面のオジサンとは、なかなかに恐怖するものがある。
「腰が抜けてしまって動けなくなっちゃったんですよ」
『ふん、軟弱な奴め。ネノクニはここから先であるのだぞ』
眉を下げ、これは困ったと笑って見せれば、スサノオはあきれ顔にびしりととある方向を指さした。
指し示す先には、岸壁があった。
いや、岸壁しかない。ゴツゴツとした岩肌が、上の方まで切り立った崖として続いている。
「あのー、一体何を指さしていらっしゃるんで? 俺には壁しか見えないんですが……」
『ふははは、そりゃあ隠してあるからな!』
快活に笑うスサノオが壁に歩み寄りその岩肌に手を翳せば、そこがゆらりと揺らめき渦を巻いて捻じれて行く。見る間に先まで見えていた岩壁は跡形も無く消え去り、代わりにぽっかりと洞窟の大きな口が開いた。闇色のそこからは、ひゅうぅ、と不気味な音を立てて冷たい風が漏れ出てくる。
それに驚いて、再び口がパカリと開いたままに静止していれば、スサノオは機嫌よさげに豪快な笑い声を上げ、雷鳴のようなそれはびりびりと空気を震わせたのであった。
「ドキドキ☆恐怖の神会見」を無事に乗り切り、俺たちは今、天上界のタカマガハラを出て、下界に降り立ち、地下に潜って黄泉の国へ行こうとしていた。いやぁ、天上界ではいろいろなことがあったもんだ。
まず初め。冷や汗ドバドバの会見中は、自分の無害性をアピールするために、向こうの質問には正直に答えることを心掛けた。自分の意見を問われたときには、我ながら道徳精神あふれるすばらしい回答ができたと思う。
タカマガハラ最高神ことスサノオの姉上アマテラス様は、どうやってか事前にスサノオから何かしらの情報を得ていたらしい。
タカマガハラに赴く前に、スサノオが何か交信していたようなことを言っていたことだし、姉弟間に何か特別なパスでも繋がってるのかもしれない。便利だな。
ともかく、アマテラス様はその情報とすり合わせるかのように俺に少しの問を投げかけると、何かを納得したように一つ肯いたかと思えば、なんと俺のやらかしたことは不問にしてくれたようだった。
むしろ、呪いの制御ができ始めていたところへのスサノオの強襲についてお怒りのご様子だった。
何せ、俺は実に正直に答えたものだから、あの一帯が更地になったのはおおむねスサノオのせいであることも知れ渡ってしまったというわけである。
責任転換? いいえ、事実ですから? オレワルクナイモン。
やっぱり、最後に瘴気回収に成功したのがよかったのかもしれない。回収により残った瘴気はゼロ、よって実質的な被害はスサノオの大技によるものだけになったことになる。うはー、ちゃんとできてよかったー!!
それにしても寛大過ぎてびっくりしたちゃったよ、俺。最終的に吹っ飛ばしたのはスサノオだとしても、俺も割とやらかしてたのは事実だし、罰は受け入れるつもりだったから。
なんて心の広さ。もはや懐ビックバン。もう太陽に足を向けて寝られないよ。西に沈むから西はムリ、かといって朝は東から昇ってくるから東西は封印された。じゃあ南北ならオッケーかと思いきや、南に足を向けると自然と北枕になってなんだか不吉。もう南に頭、北に足以外の向きで寝られなくなってしまった。方位磁針が来い。
それはさておき、問題はこの一件で
本当は、スサノオは俺を挑発して地形破壊させたその上で必殺技を使い、
彼の神曰く、「元から化け物によって下界は破壊されてたんだし、我がちょーっと被害追加したところでいいやん」的思考回路だったそうで。”死人に口なし”を合言葉に、消し飛ばす予定だった俺に全責任を押し付けようとしていたのだとか。しかしその後の俺の観察をするうち、殺すのには惜しいと思い至ったそうな。
俺が生き残ったことに関しては、スサノオの方も誤算だったらしい。
「あの場で抹消するはずだったのだがなァ」などと隣で呟かれたときには旋律が走った。部分部分に生える鱗が全て逆立った。そりゃもう、ブワーッと。
フザケンジャネーですよ。やっぱりあの時、殺る気マンマンだったんじゃないですかアンタ。確かに殺気がやばかったっすもんね。こっちもマジで死を覚悟しましたもん。祟り神ぼでぇがタフで良かったと、すなわち自称神の所業を肯定してしまったくらいには安堵しちゃったんだもん。
ヒエ、奴を肯定してしまったとか今思い出しても舌嚙み切りたい。あ、さっき嚙み切ったんだったわ。ははは。
モウヤダ……嫌いだもん、アノヤロー。
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