第四話 購入と使用

「ちょっと薬屋行ってくる」


その男は料理をしている妻に後ろから声をかけている。彼はこれから薬屋に薬を買いに行くようだ。


「あの子のためのポーションを買いに行くの?」


妻は、思い当たったことを夫に聞く。それは、明日初めて森へと入る冒険者となった息子のことだった。

 本人は準備万端だと思っていても、なにか足りない物があることも多い。親としてはそこが心配なのだろう、特にそれが命に直結する回復薬ともなれば生死を分ける事になる。


「ああ、あいつなら準備万端だろうが、多くて困ることはないだろうしな」


そう言うと夫は薬屋へとでかけていった。


夫は薬屋へと向かう途中で、大きな声で歌いながら歩いている親子とすれ違った。あいつも小さい頃は可愛いかったと思い出し、今は立派になった息子のことを思う。


薬やの扉を開くと「いらっしゃい、何が入用だい?」とにこやかに声をかけられた。彼はいつもと違い妙に機嫌が良さそうな老婆の対応に驚きつつ、欲しい薬を伝えた。


「回復薬を二本頂きたい」


老婆は、「あいよ」と短く返事をすると背後にある商品棚に向き、背中越しに彼に話しかけた。


「怪我でもしたんかね?」

「いや、明日息子が森に入るんだ」

「ああ、そうかいそうかい、あの子も、もうそんな年なんだねぇ」


会話をしながらも手早くポーションを取り出しカウンターへと乗せた。彼はそれと同時に代金を隣に置き交換するようにポーションを手に取る。


「まいど、あの子に気を付けるように言うんだよ」

「ああ、もちろんだよ。これも予備だからな」


彼は老婆に礼を言うと静かに薬屋から出た。扉が閉まりきるまでノブを離さず静かにゆっくりと扉を閉めると、家路につく。


家に帰ると妻の料理のいい匂いにつられたのか息子が帰宅していた。彼も彼なりに準備をしていたようで、リビングの机の上には様々物が置かれていた。それは森で戦うのに必要な武器や防具でその中には回復薬もあった。どうやら明日の荷造りをしているようだ。


「父さん、おかえり」

「おう、ただいま」


彼は机の上に準備されたものをじっくると見た。息子はなんと回復薬をしっかりと三本用意していたのだ。お金をケチって一本だけで出かけると思っていたのだが想定外に多かった。


息子は彼が回復薬を二本手に持っているのを見て疑問に思った。


「あれ?父さん回復薬なら十分に用意したよ?」


彼はそう息子に言われると、じゃああいらないか、と引っ込めるわけにもいかず、そのまま強引に渡すことにした。


「いや、何が起こるかわからないのが冒険者ってもんだ」


彼はそう言って机に追加で回復薬をおいた。息子はあまり納得していなかったが、父の思いを無碍にすることはなく荷物へとつめた。



早朝、装備を整えた青年は森へと向かっていった。基礎訓練を終え、ベテランに付き添われての実戦も経験した。必要なものをすべて揃え準備は万端だった。


昨日父からもらった追加の回復薬だけが想定外だった。今回の目標のゴブリン程度なら傷を負うことすらないだろう。それでも三本と多めに用意したのだが、それが更に増えてしまった。


「父さんは心配性だな……」


少し重くなったカバンに多少の不満を持ちながら森へと入っていった。

 森に入りしばらく歩くと周囲の温度が下がり湿気も上がり始めた。それを感じ取った青年は腰に下げたショートソードを鞘から抜き戦闘態勢を取る。


剣を抜いたまま慎重に進んでいるとガサガサと低木が音を立てる。棍棒を振りかぶりながら緑色の肌の小さな魔物が飛び出てきた!

 青年は棍棒での不意打ちを躱し距離を取る。油断なく剣を構えて相手の様子をうかがう。


「ゴブリンが一匹。初戦にはちょうどいいかな?」


ゴブリンが再び棍棒を振りかぶりながら走り出し青年と距離を詰める。


「いや油断は良くない!」


ゴブリンの大ぶりな一撃を難なく回避すると、反撃の体制に移る。剣を正面に構え、軽く足を開き右足を前出す……。中段の構えを取ると精神が敵の動きへ集中する。


 ゴブリンが二撃を放とうとして、棍棒を振りかぶろうと手を下げた瞬間のことだった。


「コテエエエエィ!!!」


踏み込みながら振り下ろした剣がゴブリンの手首を切り飛ばす。ゴブリンは激痛で叫び声を上げた。


少年は間髪入れずに追撃を放った。


「メエェェェェエン!!!」


再び振り下ろされた剣は、ゴブリンの頭頂部を捉え眉間ほどまで切込みを入れる。もちろん即死だ。少年はゴブリンの体制が崩れる前に剣を素早く上げ、再び正眼の構えに戻った。


支えを失ったゴブリンが、その場に崩れ落ちるが少年はそのまま気を張ったまま、しばしゴブリンを見つめた。しっかりと残心ができてる……少年は歴戦の戦士のようであった。


「ふむ!十分やっていけそうだな」


剣を勢いよく振るいゴブリンの血を払い、その後ひじの裏で挟んで拭うと剣を鞘に収めた。そして解体用のナイフを取り出すと、討伐の証としてゴブリンの耳を切り取り収穫袋へと入れた。


少年が次の獲物を探そうとしたその時だった。悲鳴のすぐ後に大きな獣の咆哮が森に響き渡る。


「む!?」


少年は一瞬の躊躇もなく咆哮が聞こえた方へと走り出した!



森の中に3人の女性冒険者がいた。彼女らは新人から少し抜け出したぐらいの冒険者達だった。森に慣れてきたので、今回は少し奥に行きゴブリン以外も倒してみたいと欲をかいたようだ。


それは一瞬の出来事だった。


茂みがガサガサと音を立てたと振り向くと、見上げるほど大きな熊の魔物が飛び出してきた。3人のうち二人が熊の力強い薙ぎ払いで重症を負い地に伏せている。周囲には血が広がり始めていた。


「嘘でしょ!?」


残った一人は、その惨状を見るパニックになり大きな叫び声を上げた!


熊は叫び声を威嚇だと勘違いしたのか、対抗するように咆哮をあげた!

 大気が震えるほどの咆哮に最後に残った冒険者は、すくみあがり殺されるのを待つだけの状態に陥った。


「シェイヤアアアアアア!」


緊迫した雰囲気をぶち破るよな奇妙な声が響き渡った。


その声とても奇妙で、冒険者と熊の両者の視線を引き付けた。


そこには、剣を正眼に構えた少年冒険者……いや、一人の剣士がいた。


「コテェェエエエエアアアアアイイイイ!!!」


過剰な気合の乗った掛け声と共に剣を振り上げると、あっけにとられている熊の右手首を両断した。


「イイェァッシャァァァァイイ!」


再び正眼の構えに戻り、熊を威嚇するように気合の声を上げる。


熊は一瞬だけ、硬直したが残った左手で剣士を薙ぎ払おうとする。しかし、剣士はスライドするような奇妙な動きで攻撃をギリギリのところで回避した。


「ツキアアアアイイイイイエエエアアアア!」


攻撃が空振り体勢を崩した熊は大きなスキができた。剣士の強烈な付き攻撃が熊の首を捕らえた。喉笛を切り裂き、さらにはその奥の頸椎をも貫通した。大量の血液と共に、熊の首の後ろから剣先が飛び出した。


「まずい、剣が抜けない!!」


剣士は焦って抜こうとするが、骨に引っかかり剣が抜けないようだ。しかし熊はまだ動いている。その事に焦り剣から手を離してしまった。


熊は首に剣を刺したまま暴れ始めた。呼吸ができていないようで、がむしゃらに手足を振り回し始めた。


「ぐうぅ!」


攻撃に根拠のないため予測がつかず、剣士は熊の一撃を左手に受けてしまった。剣士は熊との距離とる。武器としては頼りないが、無いよりはマシだと思い、腰の後ろに手を回す。刃渡りが短く、厚みも薄い解体用のナイフだ。

 まともに戦えるはずもないが、倒れている者たちに目が向かないように気合の声を上げた。


「イエァァァァアアアアアィイアアアア!!!」


それは自分を奮い立たせるためでもあった。


熊は攻撃をしようと一歩踏み出したが、フッと力が抜けるとそのまま前のめりに倒れた。あたりに血が広がり、そのまま動かなくなった。


「……」


剣士はナイフを構えたままじっと観察した。切り落とした手首から血液が出ていないことを確認し、心臓が停止したと判断し初めてナイフを鞘に収めた。


そしてすぐに、倒れている女性冒険者へと駆け寄る。


無事だった女性が、仲間を治療しやすい場所へと移動していた。

 一人は腹を真横に引き裂かれており、もう一人は肩にから胸にかけて大きく切り裂かれている。


少年は走りながらも、二本のポーションを鞄から取り出す。ケガ人のもとに着いたころにはポーションの栓を抜いていた。


「ポーションを持っている!!!」


傷口に布を当てて止血しようとしている女性は少年の声を聞き。邪魔をしないようにすぐに横へ避けた。

 少年は、傷を確認するとすぐに、赤いポーションを傷口に振りかけた。傷口に触れたポーションは、すぐに細胞の情報を読み取り、瞬時に肉へと変化し傷口を埋めていく。


「この出血量は危険だ……」


すぐに三、四本目と栓をぬき、二人の口に瓶の口を突っ込み口に含ませる。口に入ったポーションは、口の粘膜から吸収され血流に乗り体内を巡る。しばらく体を巡ったポーションが肝臓や脾臓に到達すると、すぐに血液へと変化し一命をとりとめた。


二人の顔色が良くなってきたので、少年はふーっと一息ついた。


「間に合ったか」


少年は、横で不安そうに見ている女性に声をかける。


「きみ!ケガは?」

「私は大丈夫、それよりあなたの方が出血がひどいわ」


少年はそう言われると、急に腕に痛みを感じた。あわてて、最後のポーションを自分の傷口へとふりかけた。


手を閉じたり開いたりした後ぐっと力を入れてみるが傷はまったくなく、完治していることがわかった。


「ポーションってのはすごいもんだな」


足元に転がった五本の空き瓶を見つめると、追加でポーションを用意してくれた父の先見の明に感心した。


「やっぱり父さんはすごいや」

「お父さん?」


少年は女性の疑問に答えるように、昨晩の父とのやり取りを語り始めた。


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