第三話 調薬と販売

音量がぶっ壊れている親子が帰り薬屋の店内は静かさを取り戻していた。


「やっと静かになったわい」


老婆は買い取った回復草の束を店裏の作業場へと運んでいく。作業場には大きな水瓶がふたつある。一つは普通の水でもう一つは魔力を注ぎ込んだ魔力水だ。その隣には広い作業台がある。作業台の下は棚になっていて調薬に必要な道具がぎっしり詰まっていた。そのさらに奥には、竈があり大きな鍋でお湯が沸かしてあった。


老婆は回復草を作業台に置くと、その束を調薬用と保存用に分けた。老婆は回復草の鮮度を保つための処理を始める。

 最初の工程は回復草の根に布を巻き付けることだ。根が傷つかないように優しくだがしっかりと包む。次に魔力水の水瓶の蓋を開け、布が巻かれた回復草の根を浸す。


「よーく吸って長持ちするんじゃぞ」


老婆は回復草に言い聞かせるように、おまじないを掛ける。まだ生きている回復草は魔力水を吸い上げ少し元気になったようだ。

 老婆はバケツを取り出すと回復草の束を縦にして入れた。縦にして保存するのには訳がある。それは植物が生えていた方向と同じにしておくと長持ちするからである。

 横にされた植物は再び縦になり光を受けようと起き上がろうとしてしまうのだ。そして余計なエネルギーを使ってしおれるのが早くなってしまうのだ。


保存用の処理を終えた老婆は、「あ゛あ゛」と声を上げながら状態を起こし腰をとんとんと叩く。重そうなバケツを見て、階段を降りて地下の冷暗所に持っていくのは億劫だなと考えていた。


「お母さん。ただ今戻りました」


薬屋の裏口の戸が開き、働き盛りの年頃の男性が入ってきた。老婆はお母さんという言葉を聞くと、その男性をキッと睨みこう言い放った。


「あんたの母親じゃないよ! あの子はもう死んだんだ! あんたはもう息子じゃない! ただの従業員だよ!」


罵声を浴びせられた男性は今は亡き老婆の娘の結婚相手であった。娘夫婦は子を成せなかった。それでもこの男性は老婆を自分の母親のようにな使っている。

 老婆は何度も「新しい嫁を探せ」と言って追い出しているのだが、男性は頑なに拒否し今でも薬屋の従業員として共に暮らしていた。


「何度でも言いますが彼女が死んでも離婚したわけではありません。ですからお母さんはずっと僕のお母さんです」


男性はそう言うと、保存処理の終わった回復草を持ち上げ地下室へ運んでいった。


「夫婦揃って頑固者じゃな……」


老婆はそう言うと棚からネックレスを取り出した。少しの間それをじっと見つめた後にそれを元の場所にしまい込み一息つくと、作業台の上の回復草の束と向き合い調薬を始めた。


回復草の薬効成分は葉の中にある赤汁せきじゅうにある。それをいかに変質させずに取り出せるかが腕の見せどころだ。


第一工程は根の切除である。赤汁せきじゅうが漏れ出さないギリギリのところにナイフを入れ切りはずしていく。

 老婆はこの道のベテランなので迷いなく処理していく。トントントン、ナイフが一定のリズムで落とされ、あっという間に根の処理がされていく。


第二工程は回復草を魔力水に漬けることだ。ザルに入れられた回復草は魔力水の入った瓶へと沈められる。魔力草は魔力水を吸収しようとするが根が切られているので緊急処置として葉から魔力水を吸い取った。葉が魔力水を吸うと葉の緑色が濃くなり、うっすら下に見えていた赤色が隠れる。


老婆はそれを確認すると沈めたザルを上げ回復草を取り出す。


第三工程は葉を蒸すことだ。先程から沸かしてあった大鍋の上に蒸し器を装着するとその中に緑が濃くなった回復草を入れる。回復草を蒸し上げることにより葉の細胞を傷つけずに殺すのだ。第二工程で葉の外側が厚くなった事により中身までは火が通らず赤汁せきじゅうが一切消費されない状態で採取できる用になった。


蒸し上げられて鮮やかな黄緑になった回復草を今度は普通の水につけ中まで火が通らないように冷やしていく。


第四工程は抽出だ。細胞が完全に死んだ回復草は赤汁せきじゅうを漏らさないようにする働きがなくなったので、傷をつけるといとも簡単に取り出せる。

 

抽出用の注ぎ口がついた大瓶を取り出し作業台に置く。鮮やかな黄緑色の回復草を一株取ると、とすべての葉がつながっている根本に傷をつけ溢れ出した赤汁せきじゅうを大瓶で受け止める。その後はすべての葉の先を少し切り取り、内部に空気が入るようにすると全体が一本の空洞になりスムーズに一滴も残さず大瓶へと抽出される。


この作業をすべての回復草にすると大瓶は見事にいっぱいになった


「ちょうど10本分かい、あたしの分量目利きもまだ衰えてないねぇ……」


老婆は抽出が終わった大瓶を見つめながらため息をついた。


「息子もこれぐらい出来てくれれば、あたしも引退できるんじゃがな……」


老婆はポーションを販売用の小瓶に移すと店頭へと運び商品棚に補充した。


商品を陳列し終わり腰に手をあて背を伸ばしていると、老婆の背後でカランカランとドアベルの音がする。老婆は、これこそ客の正しい入店方法だな、と先程の騒がしい親子を思い浮かべた。気分が良くなった老婆は、にこやかに接客を始めた。


「いらっしゃい、何が入用だい?」

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