第二話 採取と売却

鬱蒼と茂る大樹の森の入り口付近を二人の人間が歩いている。暑くなり始めた季節なのに森の中はひんやりとしていて少し肌寒いくらいだ。歩いている二人は髭面の男と小さな女の子だった。女の子が怖がる様子もなく手をつないでいることから二人が親子なのだろうと予想がつく。父親は背に大きなカゴを背負い娘は小さな手提げカゴを持っている。


「まだちょっと寒かったか?」


娘が繋いだ手を放し、自分の腕をさすっているのを見て父親が声をかけた。


「ちょっとねー」


娘は粟立つ肌を擦りながらちょっと強がって返事をした。父親は娘が母親の口調を真似た言い方で強がっているのを微笑ましく思った。


「そうか、ケープがあるから寒くなったら父ちゃんに言うんだぞ」


そう声をかけると娘は「寒くないもん!」と声を上げ父親は難しい年頃になってきたなぁと苦笑いをする。親子はそんなやり取りをしながら目的の植物の群生地まで大樹の森を進む。


場所は変わりここは大樹の森の中腹あたりだ。このあたりは肉食の魔物もおらず植物資源も豊かな場所だ。ここらにいるのはネズミなどの小動物とグリーンペッカーと呼ばれる深緑色の小さな鳥ぐらいだろう。

 木の枝の上くつろいでいた若いグリンーンペッカーは、何かが近づいてくる気配を感じ取り巣作りを中断して森の奥へと飛び去っていった。


「ほらついたぞ、ここが回復草の群生地だ」

「わ-! すごいねぇ!」


声の主は先程見た親子だ。寒くてなれない森を歩いたので疲れたのであろう、先程とは違い娘はケープを羽織り父親に方肩車をされていた。

 父親は前のめりになってる娘を肩から下ろした。そして、代わりに持ってあげていた小さな手提げカゴを渡す。すると娘はすぐに回復草が茂っている大樹の根本へと走り出した。


「こらこら、足場の悪いところで走ると転ぶぞ!」


父親がそう言ったそばから娘は木の根に足を引っ掛けて豪快にころんだ。父親はあちゃ~と額に手をあてて、どう泣き止ませるかを考えながら娘を助け起こした。


「大丈夫か?」

「……だいじょうぶ! 私はおねーちゃんだから泣かないもん!」


目に涙をため服の裾をギュッと握りしめながら泣くのを耐えている。それを見た父親は娘の成長を感じとり目頭が熱くなる。そして家で待っている妻と乳飲み子の長男を思いだし生活の糧を得るために仕事に取り掛かることにした。


「そうだな! 母ちゃんと弟のためにもいっぱい回復草を摘んでいかなきゃな!」

「うん!」


二人は回復草の群生地に入り質の良い株を採取し始めた。


「いいか? まずは採取の仕事でいちばん大事なのは取りすぎないことだ」

「うん! 全部取ると来年取れないんだよね! 私知ってるよ!」


娘に採取に大事な知識を教えながら回復草を摘んでいく。根ごと採取すると赤汁せきじゅうが漏れ出さないことや、回復草とグリーンペッカーの共生関係なども教える。


父親は回復草の群生地を探すための知識と、それを維持する方法を子へと伝えていく。


「共生って何?」

「ああ、共生ってのはな……。そうだな父ちゃんたち採取人と薬屋みたいなお互いを助け合う関係だ」


娘は腕を組みながら首を傾げてうーんと考える。その姿を見た父親は、自分の癖と全く同じなので、変なとこが似るなぁと人差し指で頬をかいた。


「私達が回復草を売ってお金をもらって助かる。薬屋さんはお薬の材料が手に入って助かるってこと?」

「お~正解だ! 飲み込みが早いな! お前は天才かもしれない!」


父親が娘を大げさに褒めると娘は「え~そうかなぁ~」と褒められてまんざらでもなさそうだ。そんな姿を微笑ましく見ながら満杯になったカゴを背負い帰り支度を始めた。


「ほら帰るぞ!」

「はーい」


父親が娘に手を差し出すと娘はそれをしっかりと握り二人で帰路へとついた。


何事もなく無事に森を抜けた二人は村の中心地付近にある薬屋へと向かう。娘は疲れてしまったようで父親の腕の中でぐっすりと寝ている。それでも回復草が入った小さな手提げカゴをしっかりと握りしめているのは、とてもほほえましい光景だ。


父親は薬屋の前に到着すると娘を優しく揺り起こした。


「ううん? もうお家についたの?」


娘はカゴを持った手の甲で器用に目をこすった後にあたりを見回した。


「おいおい、回復草を売るところまで見たいって言っただろ? 忘れたのか?」

「そうだった! ねぇ早く降ろして!」


耳元で騒ぎ出した娘を地面におろしてやると、また走って先に行ってしまった。


「おばあちゃん! 回復草を摘んできたよ!」


娘は大声を出しながら薬屋のドアを勢いよく開けた! すると薬屋の店主である老婆がぎょっとして闖入者が何者かを確かめた。


「おお! お嬢ちゃんかい! びっくりさせないでおくれよ」

「騒がしくてすまん! 今日は質のいい回復草が大量だぞ!」


父親も娘に劣らぬ声量で薬屋の店主に話しかけ、背負っていたカゴをカウンターの上に置いた。


「おばあちゃんこれも!」


それを見て娘もずっと握りしめていたて手提げカゴをカウンターに乗せた。


「ああもう! あんたら親子は声がでかいんだよ! 買取査定をするから静かにしてな!」


薬屋の店主は重い腰を上げるとカウンターに置かれたカゴいっぱいの回復草を受け取り査定を始めた。


その審査を待ちながら親子はヒソヒソと会話をする。


「怒られちゃったね」

「そうだな気をつけないとな、母ちゃんにも叱られちまうなぁ」


そう言いながら二人は静かに回復草の査定が終わるのを待った。

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