グラウンドにて


 避難訓練の放送に従い、グラウンドに向かう。


 がやがやとざわざわと煩雑な音は聞こえるけれど、やけに静かだった。


 先輩の話を思い出す。


『みんな誰かと関わるときには不純な思いを持っている』


 その通りだ。誰かと関わるときに、面白いから、一緒にいて楽しいから、心が休まるから、はたまた、優越感や承認欲求、集団帰属欲求なんかを抱いている。


 それらは、俺の有名人と友達になりたい、という不純な思いと何ら変わりない。


『だけどそれに君は気づいただけだ』


 そう。俺は有名人と友達になりたいという不純な思いに気づいただけ。面白いから、楽しいから一緒にいる、そんな不純な思いに気づいたことと何ら変わりない。ただ気づいただけのことでしかないのなら、何かを変える必要もないのだ。


 靴を履き替え、外に出る。初夏の爽やかな風に吹かれながら、グラウンドで整列する。


『不純な動機だとしてもそれに純粋であり続ければ、人との関係は築くことができる』


 それもそうだ。きっと、人との関係を繋げるのは不純な動機に純粋であり続けることなんだろう。楽しいから一緒にいるだったり、綺麗に見える事と、俺の思いが同じでなくとも、ただそれに純粋であればいい。


『同じように君も、不純な動機に純粋であればいいんだよ』


 俺も不純に純粋であればいい。それでダメかどうかを決めるのは俺じゃない。


『いいかどうかを決めるのは自分じゃない、そうだろ?』


 そうだよ。相手次第、受取り手次第だ。


「えー、今回の訓練の意義とは……」


 長い校長先生の話なんかは聞き流し、思考の海に潜り続ける。


 俺の持ってる思いはたしかに不純だ。


 だけど、誰もが持つ不純な思いと変わらない。


 違ったとしても、貫き通せばいい。


 兎に角、俺が持っていた思いで気後れしなくていい。


「それでは、表彰式に移りたいと思います。代表の方前へ」


 呼ばれて俺は前に出る。


 盛大な拍手、歓声。降り注ぐ日差しが俺を輝かせるよう。


 きっと俺は今、晴れやかな顔をしているだろう。


「優勝、おめでとう」


 賞状を差し出される。友達になれる権利を差し出される。


『多少、厚かましく生きろ、少年』


 最初っから、こんなものいらなかったんだ。厚かましく生きれば良かったんだ。


『さて少年。君は何がしたい?』


 俺は賞状ではなく、校長先生のマイクを手に取った。


「隠しててすみません、七海さんとお付き合いしてます! 七海さんは俺だけにあざとい最高の彼女です!」


 場は鎮まり、キーン、とマイクの音が響いて、それが消える。


 そして、爆発するような笑い声が上がった。


 指笛、黄色い声、囃し立てる声の中、俺は賞状をもらってすごすごと引き下がった。


 わちゃわちゃと揉まれながら列に戻ると、先生がきて、


「あとで職員室にくるように」


 と告げられた。


 ***


 こってりしぼられて職員室から出ると、声をかけられた。


「やあ、転校生」


「七海さん?」


「なぁに、意外そうな顔してるんだよ。転校生のせいで、クラスで質問責め食らったんだから、逃げるのも当然でしょうよ」


 ということは、俺の目論見はうまく行ったようだ。


「満足そうな顔してる。やっぱり私のために、ああ言ってくれたんだよね」


 気恥ずかしいけれど頷いた。


「うん。素の七海さんが『七海って男を弄ぶ、あざとい女なんだ』って悪いように言われてるのが耐えられなくて。それで彼女ってことにして、俺だけにあざといことにしたんだけど、迷惑だったよね、ごめん」


 七海さんは笑った。


「迷惑なんかじゃないよ。正直、本当に助かった、本当に嬉しかったよ」


「……そっか。それならよかったよ。で、さ、七海さんに話があるんだけど聞いてくれる?」


「話?」


「うん、俺が最近七海さんを避けてたことについて」


「……聞かせて」


 ありがとう、と言って俺は話し出す。


「俺はさ、下北を見返すために有名人の七海さんと友達になろうとしてた」


 七海さんは表情を変えずにただ頷いた。最後まで聞いてくれるのだろうと感じて俺は続ける。


「でも、七海さんと友達になる前に下北を見返すことができた。それで俺は七海さんと友達になる理由がなくなったって思ったんだ」


「うん」


「俺は下北を見返すために七海さんを利用しようとしていたことに気づいて、自分を責めた。自分に嫌悪感を抱いた。自分なんかが誰かに近づいちゃいけないと思った」


「それで避けてたんだ?」


「本当にごめん。本当に申し訳ないと思ってる。本当に申し訳ないことをした俺だけど……」


「だけど?」


「それでも七海さんと友達になりたい。どうか俺と友達になっていただけませんか?」


 手を差し出す。すると大きなため息が返ってくる。


「ダメ」


「あ、まあ、それはそうだよね」


「そりゃそうでしょ。そんなしょうもない理由で避けられて私、傷ついたんだから。でも……」


 七海さんの指が指の間に滑り込んでくる。そのままぎゅっと引き寄せられ、七海さんとの距離がなくなる。


「友達からなら、いいよ?」


 上目遣いの小悪魔っぽい表情。いつもの七海さんに俺は、よろしくお願いします、と笑った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る