部室にて
先輩に連れてこられたのは、文芸部室。
扉が閉まると、逃げられないように、ドアに、どん、壁に手をつかれた。
「人生で壁ドンする日がくるとは思わなかった」
「あ、あの、何ですか?」
「君! どうして私を避けるの!?」
「それは……」
「賭け事ほっぽって一向に図書室に現れないのに、まさか、避けてないとは言わないよね?」
うっ、と詰まる。
「この私が下級生の教室に行ったんだ! 恥ずかしかったんだ! 黙ることは許さない!」
先輩はしたことを思い出してか、顔を赤くした。ただそれでも俺と目を合わせ続けていて、逃してくれそうになかった。
言うしか、ないか。いや、言うべきだ。
「……わかりました。話します」
先輩は腕を戻し、下がって机に腰掛けた。
「よろしい。聞かせて」
頷いて俺は口を開く。
「以前、有名人の友達を作って幼馴染みを見返そうと決めたことについてお話ししましたよね」
「うん、聞いたよ。友達になれる君になって見返したい、そういう話だったよね」
「はい。でも、球技大会のことがあって、有名人の友達ができる前に幼馴染を見返すことができたんです」
「うん、それで?」
「俺、その時に友達になる理由がなくなったって思ったんです。友達になりたかったのは幼馴染を見返すためで、そのために、みんなを利用しようとしていたことに気づいたんです」
情けない感情が湧き出てきて、頬が震える。
「不純な思いで友達になろうとしていたなんて、あまりに醜くて、人としてやってはいけないことで、自分を許せなくて、俺みたいなクズが誰かに関わっちゃいけないと、そう思ったんです」
「だから私からも距離を置こうとした?」
「はい……」
静かな時間が流れる。屋敷先輩は俺の顔をじっと見続け、そして……大きくため息をついた。
「はあああああ」
ぴょん、と屋敷先輩は机から降りた。
「高梨君、私が、友達って何なのか、わからないとはいえ、知る努力をしないと、そう言ったことを覚えてる?」
「え? はい」
「出た答えは、友達っていうのは自分に欲しいものを埋めるための存在なんだ。寂しさを埋めるのに必要だから、一緒にいると楽しさを得られるから、そんな不純な動機で作るものなんだ」
そもそも、と先輩は続ける。
「みんな誰かと関わるときには不純な思いを持っている。それに気付いてないのか、気付いていても何も思わないのかはわからない。だけど、たしかに不純な思いを持っている。例えば、さっき言ったように自分を楽しませるためだったり、集団に属しているという安心感を得られるためだったり、優越感、承認欲求とかね」
だから、と先輩は言った。
「君が不純な思いで友達になろうとしていたのなんて当たり前の話なんだよ」
たしかにそうかもしれない。だけど、池たちの時は違った。
「かもしれません。でも、自然に、純粋でいてこそ、友達という関係になるんだと思います。俺がみんなと築こうとしていた関係は、友達とはいえなくて、自分に得のある都合の良い関係でしかない。それはあまりに醜いと思いませんか?」
「思わない。君の自然に純粋でいてこそ、ということの方がわからないよ。人間の行動原理に従うならば、自分に得のある関係を築こうとすることこそが、自然で純粋だと思う」
「それは……そうかもしれないです」
「だろ? だから私は、自然で純粋なことを醜いだなんて思えるわけがない。いや、思っても、どうしようもないことだと受け入れている。だから君が友達になりたいという思っていた理由も、私にとっては邪じゃないんだよ」
「俺の持っていた感情は邪なものじゃない、のかな」
それにさ、と先輩は言う。
「仮に君の言うように、醜いことだとしよう。だけどそれに君は気づいただけだ」
「気づいただけ?」
「うん。例えばドラマでよくある話、私は彼のことが好きなんじゃなくて、彼のお金が好きだったんだと気づいて罪悪感に苛まれる。でもそれって気づいただけで、今までの関係が変わるわけでも、これからの関係を変える必要もないと思わないか? それまで許されているのだから、これからもお金を愛し続ければいいじゃないか、と私は思う」
だから、と続けた。
「これからもお金を愛し続けます、と宣言すれば、それで案外許されるように、不純な動機だとしてもそれに純粋であり続ければ人との関係は築くことができる。同じように君も、不純な動機に純粋であればいいんだよ」
「いいんですか、そんなの?」
「いいかどうかを決めるのは自分じゃない、そうだろ?」
たしかにそれでいいかどうかを決めるのは相手だ。お金を愛したままでいいのであれば別れないし、ダメなら別れを告げられるだろう。
「不純な動機に気づいて罪悪感に苛まれるような、純粋無垢の君にはこういう言葉を送るよ」
先輩は、窓から差し込む光に溶けるような柔らかい笑みを浮かべた。
「多少、厚かましく生きろ、少年。私が言うのも何だけど、そのほうが人生うまくいく」
声を聞いて俺は何も口を開けなかった。
しばらくして、胸が、目元が熱くなってくる。
「さて少年。君は何がしたい?」
「ありがとうございます、先輩。やりたいこと見えてきました」
「うん。それじゃあまたその話を聞こう。お茶を入れてこの部屋で待ってるから」
「はい!!」
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