やってしまった


 登校し、重い気分のまま教室に入る。


 脇目も振らず自分の席について、つっぷす。


 火曜日から続けて木曜日。今日もまた1人の時間を過ごす。


 不思議なもので、寂しさに慣れない。池たちと仲良くなるまでは、ずっと1人でいたはずなのに、1人でいることが心細くて仕方ない。


 疎外感からくる漠然とした不安。落ち着かず、息が苦しい。


 だけどこうすることが正しくて、こうなることが正しいのだ。


「つんつん」


 つむじをつつかれて顔を上げる。


「やっ、転校生」


 悪戯っぽい笑みを浮かべる七海さんの顔がすぐそこにあった。


「眠たいの?」


 体を起こし、身を引く。すると、七海さんは屈み、肘を机に置いて、その上に顎を乗せた。


「もしかして私のこと考えて眠れなかった?」


 自然と上目遣いされる形になって気づく。


 この状況はまずい。


「あの、七海さん?」


「私は転校生のこと考えて眠れなかったんだけどな〜」


 ほら見て、と七海さんは桜色の潤んだ唇に人差し指を添えた。


「だからね、かさかさしてるでしょ?」


「えっと、その」


「羨ましいなぁ、転校生はかさついてなくて」


 と七海さんは唇につけていた人差し指で、俺の唇を撫でた。


 胸の内がざわつく。それと同時にクラスがざわついた。


「ね? 転校生、聞いてもいい?」


 七海さんは気づいていないようで、俺だけに目を向け続ける。


「どうして私を避けるの?」


 そう言って、人差し指を俺の胸につけ、くるくると回す。


「その胸の内、教えてくれないかなぁ?」


「あの、七海さん」


「何?」


 可愛らしくこてんと首を倒した七海さんに、視線で伝える。


「……あ」


 クラスメイト全員が、こちらに目を向けてきていた。七海さんの姿に驚きを隠せない、そんな丸い目だ。



 ***


「今日は昼休みのあとに避難訓練がある。放送に従うように」


 なんて先生の会話なんか聞こえず、クラスメイトはひそひそとした会話に夢中だった。


『七海さんがあんなあざといことするなんて』

『朝日って、そんな感じだったの?』

『何かイメージが崩れた。もっと清純って感じだと思ってたのに』

『今まで仮面被ってたってこと? それ酷くない?』


 朝の七海さんのことでずっと話題は持ちきり。


 先生が出ていって休み時間になれば、余計にそのことで会話が盛んになる。


 七海さんを見ると、居心地悪そうに1人で席に座っていた。


 誰も七海さんに真偽を問うような真似はしない。誰もが七海さんをどう扱っていいのかわからないのだろう。


 最悪の状況。この状況の一因は間違いなく俺にある。


 きっと七海さんは、俺が避けていることに気づき、今朝、強引に迫ってきたのだ。


 だから俺が避けなければ、この事態は起こらなかったにちがいない。


『ってか、あれが本性だったらさ、他の男にもしてるのかな?』

『え、それって凄い悪女じゃん』

『七海って男を弄ぶ、あざとい女なんだ』


 そんな声が中心になってきて、唇を噛んだ。


 七海さんにあらぬ噂が立てられるのは許せない。何とかしたい。


 だけど、俺に何が出来る?


 あざとくされるほど親しい仲だからと擁護すればいい。だけど、距離をおかなければならないのだから、いずれそれは嘘と捉えられる。


 なら、距離をおくことをやめる? 俺が近くにいることは許されることではない。


 なら、どうしたらいい? 


 なら、どうすればいい?


 延々とぐるぐると思考を巡らせるが、授業が始まり、終わり、昼休みになっても答えが出なかった。


 七海さんを見る。昼食時になってもまだ1人。


 何とかしないと、と逸る感情に苛まれる。今まで生きてきた中で、一番息苦しい。悪寒と焦りが止まらない。


「高梨くん! いるかな!?」


 声に目を向ける。するとそこには、真剣な顔をした屋敷先輩がいた。


「いた!」


 どしどし、と歩み寄ってきて、腕を強く掴まれる。


「え、ちょ、先輩!?」


「いいから来て!」


 俺は引っ張られるがままに、先輩の後ろをたどらされた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る