きっとこれが、俺が最後に見る七海さんの素だろう
火曜日。登校中、ポケットからスマホを取り出す。画面には新着メッセージ。
『転校生! 今日はダメだったけど、こんど遊びに行かない?』
昨日、教室に戻ったときにはいなかった七海さんからのメッセージ。それを今日の今まで、未読の状態にしたままだった。
距離を置くには返信しないほうがいい。無視された、と不快にさせるかもしれないけど、そっちの方が俺と関わるよりいいとの判断だ。
スマートフォンをしまって歩き、学校に到着。教室に入ると、脇目も振らず自分の席に座り、机に突っ伏した。
こうして1人になる。暗い闇に落ちていく。
久しぶりの孤独に、冷たい深い海に沈む感覚がする。寂しくて、心細くて仕方ない。だけど、これでいいのだと思う。自分なんかには、お似合いなのだ。
「おい、高梨。どうした?」
温かい声に顔を上げる。そこにはいつもの3人がいた。
「あぁ、ごめん。ちょっと1人にしといて」
「そか、わかった」
それだけ言って離れてくれた。
ドライな対応が温かくて、心臓がきゅうと痛む。
気遣ってくれたのに申し訳ない。だけど、距離をとるにはこうし続けるしかない。
大丈夫。これを続けていれば、きっと皆もそのうち、俺のことなんて気にも留めなくなる。だからこれでいいんだ。
***
昼休みになると俺はすぐに教室を出た。
昼食前の騒がしい廊下を1人寂しく歩く。
距離を置くため、教室を出たはいいものの、行くところがない。
階段にさしかかり、下へ降りようとしたが、図書室があるので先輩と出会さないよう登ることにする。
しかし、それは間違いで、ちょうど階段を降りてきた屋敷先輩に出会わした。
「あ、高梨くん」
名前を呼ばれたので、ども、とだけ返す。そして、顔を伏せて通り過ぎようとしたが引き止められた。
「待って。高梨くん、今日は部室きてくれる?」
「あ、えっと、すみません用事で。それじゃあ、すみません」
頭を下げて、駆け足で階段を上る。
そのまま屋上に出ると、ゆっくりとフェンスに背を預けた。
空を見上げる。もう夏空が広がっていた。
はあ。何やってるんだろう、俺。
先輩のことだ。素っ気ない態度に傷ついたかもしれない。
距離を置く、なんて言っても、見方によればただの独りよがり。己の汚さを見て見ぬ振りして、普通に振る舞うのが正しいのかもしれない。
……でも、こうするしかないよな。
距離置くことは、悩んで出した結論なんだ。俺みたいなクズが皆の近くにいてはいけない。
これからも続けよう。
そう心に決めて、ぐだぐだと屋上で時間を過ごす。
そろそろ教室に帰ろうかと屋上のドアを見ると、ゆっくりと開いているところだった。
「あ、こんなとこにいた」
屋上に出てきたのは、七海さんだった。
「探したよ〜、転校生」
転校生呼び。2人の時の七海さんで、また胸に黒いもやつきを覚える。
俺と疎遠になるということは、七海さんは素を出せる人間を失うってことだよな……。
七海さんが素で接することができる相手でありたい、その気持ちは大きい。だけど、その相手が俺ということに強い嫌悪感がある。
クズが七海さんの大切な存在であってはならない。
ぎり、と歯が鳴る音がした。手を見れば、強く握られていて、真っ白になっている。
近づいてくる七海さんに気取られぬように、力を抜く。
「転校生? 電話かけたら鞄から音が聞こえたよ? ねえ、スルーっていい度胸だね?」
すっと胸を指でなぞられ、蠱惑的な笑みを向けられる。
きっとこれが、俺が最後に見る七海さんの素だろう。
「ごめん、七海さん。先、戻ってるね」
「え?」
戸惑う七海さんを置いて、俺は屋上から校舎内に入る。
せかせか、と階段を降りると、上ってくる屋敷先輩と鉢合わせた。
「あ、高梨くん」
「すいません」
そう謝って、俺は教室に戻る。
それから、昼休みが終わっても、ずっと人を避け続け、一日を終える。
そして翌日もまた、同じように避け続けて一日を終えた。
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