ターニングポイント
少し気に入っている白のTシャツと黒のズボン。それに着替えようと思ったけれど、躊躇ってやめる。
この前、七海さんと遊んだ時に着て行った服装だ。今日もまた、七海さんと出会うのだから、違う服の方がいい。
球技大会の打ち上げ、殆どのクラスメイトが参加するカラオケ。それに行くのに、一時帰宅したわけだけれど、着替える服に悩んでいた。
心が軽く、気持ちが急いでいる。
優勝した。サッカーだけでなく、球技大会で優勝を決めた。喉から手が出るほど欲しかった自信は手に入れた。
今なら七海さんに話しかける勇気はある。話しかけて、友達になりたくてたまらない。
美鶴だって、先輩だってそうだ。
みんなに早く会いたくて仕方がない。
俺は気持ちに急かされるまま、上のTシャツだけ前とは違うものを選び、着替える。そうして、出かける身支度をしていると、インターホンが鳴った。
宅配かな?
祖母が出かけていて、家に俺一人だ。急いでモニターのところまでいく。そして目にしたのは……暗い顔をした下北だった。
嫌な予感。言いようのない不安。胸に黒い渦のようなものが生まれ、壊れた洗濯機のようにがなり立てる。
玄関の扉を開けて外に出ると、下北は俺に顔を向けた。
「よかった。おばあさんの家いたんだ」
そう言って、頭を深々と下げた。
「本当にごめんなさい」
立ち竦む。しばらく下北の後頭部だけを眺めていた。
だが、事情を呑み込むと、俺はポケットからスマートフォンを取り出した。
ラインを開き、池に電話をかける。何回かのコールののち、電話がつながった。
『おぅ、どうした、高梨?』
『わり、池。突拍子もないことなんだけどさ、あのいじり止めてくれないか?』
『あのいじりって……ああ、下北さんに言われたやつ? ごめん、気にしたか?』
『いや、俺は全然。むしろ、いじってくれてありがたかったけど……』
『お前が嫌な気してねえなら、よかったわ。おけ、これからやめとく。他のやつにも言っとくわ』
『わりいな、池』
『気にすんな。それより、早く打ち上げこいよ』
『そっちもちょっと行けないかも』
池は何も聞かず、了解、とだけ言った。
電話が切れると、下北は丸くした目を俺に向けてきた。
「どう、して?」
「もういいからだよ」
そう言うと、下北の顔が歪んでいき、涙がこぼれた。
「ひぐっ、ごめ、ん」
「もういいって」
「私、高良に最低なこと、したのに」
「もういいって」
「高良が池くんたちと仲良くなって、木曜日にクラスメイトとサッカーに混じれなかったのは私のせいだってグループの子に責められ始めて」
「もういいって」
「今日、大会で無視され始めて、高良が活躍して……それで、もう終わりになってからじゃないと謝れなかったのに」
「もういいって」
何度も、もういい、と言っているのに下北は止まらない。
小学校の時、俺がいなくなって、下北は一人になったこと。それで、軽いいじめのようなものにあったこと。グループに入ること、人間関係に敏感になったこと。そうなったことは、俺のせいだ、という少しの気持ちを抱えていたこと。
言い訳のような、弁明のような、謝罪。そしてそんな謝罪をしてしまったことの謝罪。また自分の罪を謝る純粋な謝罪。全てに俺は、もういい、と答えた。
いつまでも謝り続ける下北にキリがないと感じて、家に入ろうとすると呼び止められる。
「まって……また、前みたいな関係になれるかな」
「ごめん、それはわからない。じゃあ」
「だよね……。本当にごめんなさい」
謝罪を背に、家の中に入ると、玄関の扉に背を合わせ、滑り落ちるように屈んだ。
もういい、そう言ったことは嘘じゃない。いや、それは正しくない。下北のことを考える余裕がなかっただけだ。
天井を仰ぐ。
友達になる理由、なくなっちゃったな。
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ということで、ターニングポイントです。
ここで美鶴ルートに分かれるので、よろしければ下のリンクからお読みください。
https://kakuyomu.jp/works/16817330650638401524
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