決勝前


 準決勝を決めた俺たちがグラウンドの脇に避けると、見知らぬ先輩達に囲まれた。


「ナイスゲーム!!」


 そんな掛け声をくれる先輩たちに戸惑う俺たち。おどおど、礼を言っている間に、人がどんどん増えていく。


 何故だろう、と思っていると、すぐに答えを告げられた。


「次、お前らが勝てば、1組の優勝だから、マジで頑張ってくれ!!」


 褒められ、いい気になっていた、3人の顔が凍る。俺も凍っているかもしれない。


「え、マジすか?」


 池がそう言うと、大きな頷きが返ってくる。


「ああ! 今、3組と争ってるんだけど、4ポイント差! 3組がサッカーの決勝に上がってないから、お前らが優勝して5ポイント取れば、1組の逆転優勝だ!!」


 説明が終わると、いろんな方向から声が飛んでくる。


「飲み物いるか!?」


「マッサージとか欲しくない!?」


「勝ったらハグしてあげるわ!」


 ひゅー、と声が上がり、お祭り状態。優勝した後なら、大歓迎なんだけど、今はただプレッシャーがかかるばかり。


 別に先輩たちもノリでやってるだけで、負けたら負けたでいじられて終わり。別に緊張するほどのことではないとわかっている。


 だけど、やはりプレッシャーがかかる。一年の俺たちが先輩たちの勝ち負けに大きく関与すると思うと、負けても何もないなんて思えるはずがない。


「ちょ、ちょっとトイレ」


 川合の声をきっかけに、池と海原も、トイレ、とその場を逃げ出した。


 プレッシャーからであろう。俺だって逃げ出したいが、誰一人残らずに先輩たちを置いていくのは気がひけるので、その場に留まる。


「いやぁでも、相手が悪いな」


 先輩の一人がグラウンドに目を向けてそう言った。それにまた別の先輩が聞き返す。


「そんなに強いの?」


「そりゃそうよ。4人全員サッカー部。うち二人は、部内で1番2番の実力の持ち主さ」


 俺はグラウンドに目を移す。準決勝だというのに、一方的な試合展開になっていた。


 パス、ドリブル、シュート。どれ一つとっても上手い。それに、上手い一人が中心ってわけじゃなく、全員が仕掛けることもできるし、守ることもできる。


 俺たちの準決勝は、マッチアップの展開を作る事で、勝ち抜けることができた。だがそれは通用しない、どころか、その展開になったら、準決勝の終盤と同じく、技量さで負けるだろう。


 プレッシャーに押しつぶされそうだ。勝てそうにない相手に勝たなきゃいけない。


 しばらくすると池たちが帰ってきたので、入れ替わるようにしてトイレへと赴く。


 結局、緊張して何も出ず、手だけ洗って外に出ると、声をかけられた。


「転校生」


「あ、七海さん。どうしてここに?」


「屋敷先輩のことを問い詰めようと……ってのは冗談、でもないけど。今は」


 あの日と同じように頬をつっついてきて、


「負けたらイイコトしてあげる!」


 七海さんはそう言った。


 普通は勝ったら。だけど負けたらと言ったことに意味がある。


 俺が気負わないようにしてくれているんだろう。それだけをするために、わざわざ目で追って、俺を待ってくれて。


 本当、最初に出会った時から変わらず、優しい人だ。


「ははっ。それは怖いから勝つよ」


 むすっとしたあと七海さんは笑った。


 緊張が解ける。


 さて、勝とうか。

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