準決勝


 バスケの試合、バレーボールの試合、両方負けて、クラスメイトの応援をする必要がなくなったので体育館から早々に撤退。


 それからグラウンドで、サッカーの見学。進行が遅れているせいで、二時間ほど、屋敷先輩のことを問い詰められた。


 そうして、ぐったりとした状態で迎えた準決勝。相手は二年の先輩で、サッカー部が二人。レギュラーではないが、若い番号のゼッケンを貰っていて、練習試合ではスタメンを張ることもままあるらしい。


 ピッチに立って、辺りを見回す。ギャラリーが多い。競技を終えた人がまだやっているサッカーを見にきているからだろう。


「いいか、相手は基本、前二人、後ろ二人。前を張る赤原先輩と青山先輩には、俺と海原がつく。高梨は、俺と海原が抜かれたときのカバー、川合は前で二人を見つつ、どちらかが上がってきたら、そいつのマークについてくれ」


 池の言葉に頷いて、前を見る。サッカー部の二人は言わずもがな、残る二人も運動部って感じ。準決勝まで勝ち抜いてきた猛者だ、そりゃまあ運動ができて当然か。


 ポジションにつくと、歓声が聞こえた。明らかに先輩とわかる人からも声援が飛んできている。球技大会は、クラスごとで合計点数を競いあっているからだろう。そういえば、今の点数はどうなっているのだろうか。


 そんな疑問を覚えたが、まあいいか、と首を振る。


 勝ってようが負けてようが、優勝を狙うことには変わりない。


「それでは試合を始めます!」


 審判の声と笛、ほぼ同時にボールを蹴る音が鳴った。


 相手の後ろにボールが渡る。すかざず、プレスにいく川合だけれど、簡単に横パスで躱される。だが、相手も後ろで回した後の選択肢がない。ボールをフリーでもっているわけだけれど、前の二人には池と海原がマークについている。残る一人は、川合がさっきプレスをかけたばかりで、パスの出しどころない。


 こういった場合は、持ち上がることによって、相手を引きつけたりして、戦局を打破するのがセオリだー。でもそれは簡単なことではない、仮に持ち上がってそこで奪われれば、相手の前には無人のゴールだ。いくらセンターラインより前からのシュートが禁止とはいえ、ワンタッチで前にドリブルされたら簡単に射程内に入る。


 だから簡単にはセオリー通りの動きができない、はずだけれど、相手はすぐにもちあがってきた。


 奪われないという、余程の自信が伺える。それに後ろにもう一人いることの安心感も支えになっているだろう。相手の前に無人のゴールがあって1対2の状況、奪われた時のリスクは変わらない。だけど残る一人もしかしたら守ってくれるかもしれない、そんな期待からの安心感がある。


 ノータイムで持ち上がってきたところをみるに、この大会中、そんな場面は何度もあったんだろうな。


 なんて分析している場合じゃない。


 相手が持ち上がってきているのだから、俺がプレスをかけなければいけない。池と海原はサッカー部の先輩をマークする仕事がある。このまま俺がぼーっとしていたら、センターラインを超えたところからシュートを打たれて終わりだ。


 俺は走ってボールを持っている先輩の前に出る。ボールが止められ、1対1。今いる場所は真ん中、センターラインより少し手前。


 またぎのフェイントから逆。ひっかからずに、なんとかついていく。


 またボールが止められた。今度は、ボディフェイントからのドリブル。これまた俺は何とかついていった。


 どうやら抜く気満々な様なので、半身になって少し距離を取る。すると、相手はパスに切り替えたのか、ボールと俺から目を離した。


 ここ。


 一気に距離を詰めると、相手はボールを動かした。だが慌てたのか、ワンタッチが大きくなったので、そこを詰めてボールを奪う。


 器用なドリブルなんてできないので、大きく前へ蹴って走る。


 センターラインを越え、川合のマークについていた先輩が耐えきれずにプレスにきた。


 フリーの川合に渡しても、このままシュートを打っても一点のチャンス。


 だけど俺は、どちらも選択せず、敢えてゴールを大きく外すシュートを打った。


「集合!」


 先輩がボールをとりに行っている間に、全員を集める。


「何だよ、高梨! へったくそなシュートを打ったと思えば!」


「ポジションを変えよう。俺は川合のとこに入る」


「人が集まったからってFWになりたいのか? そんなのは許さん」


「違う。このままだと、俺と後ろ二人の先輩のどちらかの1対1が一生続く。俺は抜く技術も守る技術も拙いから、やってりゃ順当に負ける。で、サッカー部の先輩をマークできる力もないから、消去法で川合のポジションしかない」


 俺が早口でそう言うと、了解、と皆頷いた。


「おけ、じゃあ俺が1対1やるから、川合はサッカー部の先輩のマークを頼む」


 池がそう言ったのを最後にポジションにつく。ちょうど、相手がコーナーからボールを蹴り出したところだった。


 俺はプレスに行く。すると、相手は後ろでフリーの人に渡し、その人がボールを持ち運んで、池と一対一の展開になる。相手は確かに上手かった、さっき対面した時も抜かれかけた。だけど、それは素人の枠を越えない。本業でサッカーをしている池には敵わない。


 容易にボールを奪い取った池は、取り返しにくる先輩を寄せ付けない速さで前へ。


 俺をマークしていた先輩が痺れを切らして、池に向かっていったので、パスを受けやすい位置に移動すると、すぐに池からボールが送られてきた。


 無人のゴール。今度は外さない。


 俺はパスを出すようにシュートして、ネットを揺らした。


 笛が鳴り、外野から歓声があがる。みんなからも、ナイスシュー、と声が飛んできている。だけど、俺はそれらに応えることもなく、急いでボールを取りに行って、センターラインまで戻る。


 相手に、相談、対応する時間を与えない。こっすいけれど、勝てばよかろうなのだ。


 それから、池が3点を追加、先輩に一度抜かれてから崩されて1失点。時間は6分を過ぎたところで、ようやく相手の動きに変化が出る。


 海原がマークしていた先輩が、降りてボールを受けにきた。海原が前をむかせないように、すぐチェックにいくも、その行動が裏目に出る。


 降りた先輩と入れ替わりに、後ろの二人が上がり、片方にパスが渡る。突然のことに虚をつかれた俺は、慌てて追いかけるも追いつかず、3対2の状況を活かされて簡単にゴールを決められた。


 これで、4対2。今度は向こうも俺と同じ手口、いや負けてるから当然だけれど、すぐにボールを拾ってセンターサークルまで持ってきた。


 ろくに対策も考えられないまま、笛が吹かれて、ボールが蹴られる。


 池から俺へのパスミスによって、相手にボールが奪われ、また先輩が降りる展開。だけど、今回は海原がついていかなかった。


 俺と海原がそれぞれ上がった先輩のマークにつく。これで池とサッカー部の先輩とのマッチアップ。さっきまではこれで勝っていた、だが……。


「やべ!!」


 池が抜かれて、そのままゴールを決められた。


 1年と2年、そこにある技量差。1対1の優位性が逆転してしまう。


 まずい。残り時間は、あと1分。このルールのサッカーで、2点入れるのには十分な時間だ。いや、相手は1点だけでいい。この調子のまま延長戦に持ち込まれれば、負けるのは目に見えている。


 絶対に守り切らないといけない。


「パス、繋いでいこう!」


 笛が吹かれたあと、俺はそう言って、真ん中に置かれたボールを蹴る。そして敵陣に入らず、自陣に下がった。


 皆は俺のポジションに意図を汲み取ってくれたのか、パスを回し始める。


 いわゆる鳥籠の状況。攻めの糸口が見えない以上、相手にボールを取られるわけにはいかない。


 普通なら、自陣深くでパス回しなんてリスクしかない行動は取らない。だけど、俺たちはこれをずっと練習してきた。何分もミスせず、取られず、といったことは期待できないが、即興チーム相手に1分ならいけるかもしれない。


 常に動き、パスを回しつづけ、10秒、20秒……50秒。


 いける、そう思った時だった。


 強いパスが来て、トラップが大きくなってしまう。


 そして、ボールが奪われ、即シュートが放たれ、


 ボールはゴールのすぐ隣を通り過ぎた。


 そこで笛が鳴る。


「よっしゃあああ!!」


「決勝進出!!」


「助かったぁ!!」


 3人の喜ぶ声とギャラリーの歓声を聞きながら、胸を撫で下ろした。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る