は、はあ!? ち、ちげえし!!



 放課後練習3日目。大会の前々日となる今日は、ミニゲーム。俺たち四人の二対二ではなく……もう、何人いるのだろう。クラスの暇なやつらが参加して、ちょっとした試合が始まっていた。


 どうしてこうなったのか。それには、しばし過去を遡る必要がある。


 ***


 授業終わりすぐ。放課後の始まり。俺たち四人は七海さんに頭を下げていた。


「頼むよ、七海。俺らのサッカーの練習見にきてくれよ」


「嫌」


「どうしてだ?」


「動機がやましいから」


「わかったぞ、高梨がモテるのが嫌なんだろ?」


「は、はあ!? ち、ちげえし」


「なんで池がやるんだよ」


 川合が言って、池がボケて、俺がつっこむ。見事な連携プレーで、七海さんは笑顔に……真っ黒な笑顔に。見事なトリプルプレーだった。


「あのさぁ、『女子に見られてまともにプレーできないから、免疫つけるために手ごろな女に見てて欲しい』ってどういうこと? うん、と頷くとでも思った? ねぇ、高梨くん?」


「何で名指し……いや、ごめん」


 七海さんの圧力に屈して、つい謝罪してしまった。いや、悪いことしてる自覚はあるから、謝って当然なんだけど。


 そう、当然の話。昨日、美鶴の件があって滝行の件があって、結局煩悩を振り払えなくて、当たり前の話であって。そういうわけで、3人が編み出した作戦は七海さんの言った通り、『女子に見られてまともにプレーできないから、免疫つけるために手ごろな女に見てて欲しい』というものであって。もちかけて怒られるのは当然の話。


「しかも、動機が活躍してモテるため?」


 やばい、当然ながら、ちゃんと怒ってらっしゃる。ここは、みんなを犠牲にして生き延びよう。生存本能が働いた結果だから仕方ない。


「俺以外の3人がだから、俺だけでも許してくれないかな?」


「いや俺以外の3人!」


「いやいや俺以外の3人だ!」


「いやいやいや僕以外の3人だよ!」


 これで、敵が3人できた。これからバトロワが始まる……


「許せるかいな♡」


 ……前に七海さんの一言で俺たちは俯いて黙り込んだ。そんな状況がしばらく続くと、七海さんが呆れたように、ため息をつく。


「はあ。まぁいいよ、どうせ今日は暇だしね」


 七海さんの言葉に顔を上げる。


「それって許してくれたってことか?」


 池がそう言うと、七海さんは頷いた。


「うん、高梨くん以外は」


 いや、どうして俺だけ……と言おうとしたとき、女の子の声が聞こえた。


「え〜なになに〜? 朝日、男子たちとサッカーするの〜?」


 そんなことを言ったのは七海さんのお友達の女の子。いつのまにか、近くに来ていて、俺たちは体を詰めて、彼女を輪に入れた。


「まあね。泉も行く?」


「行く行く〜! めっちゃ面白そうじゃん! 男子達もいい?」


 そう尋ねられると、池達が力強く頷いた。すると、泉さんは、ありがと〜、と言ったあと、俺に屈託のない笑顔を向けてきた。


「高梨くんもいい感じ?」


「うん。サッカーやるのに、人が増えて嬉しくないなんてことないよ」


「ええ〜、女子でもぉ?」


「女子でも。むしろ、女子だからイイんじゃない?」


 俺は池達に向けてそう言った。すると、泉さんは「や〜ん、えっち。高梨くんおもしろ〜」ところころ笑い、七海さんは何故か黒い笑顔を向けてきた。非常に怖かったので、目を背ける。


「そっかぁ、人が多い方が嬉しいんだ! じゃあもっと誘おうよ!」


「おっ、いいね〜」


「それならまともなサッカーできるんじゃないか?」


「楽しそうだね!」


 泉さんの提案に皆は乗って、「暇なやつ、これから一緒にサッカーしよう」とクラスに声を響かせた。


 ***


 そんなわけで、暇な奴が集まった。数は結構多くて、大体クラスの三分の一くらい。人見知りしないかなあ、と心配していたけれど、サッカーを初めてそれなりの時間が経過した今、話したことがなかった子とも大分打ち解けてきた。下北のグループがいないことも、プラスに働いたのかもしれない。


「うまっ!」


 誰かの声が夕方の赤い空に吸い込まれていく。見れば、海原がドリブルで抜いていたところだった。


 3人の調子もいい。最初こそ、女子がいるからとカラ回っていたが、慣れてきたようで、いつも通りのプレーをしている。この調子なら、明後日の大会でも、俺次第で良い結果を残せそうで安堵した。


 しばらくミニゲームに参加していたが、時間が来て、クラスメイトの一人と交代する。公園のベンチに座ると、一緒に交代した七海さんが話しかけてきた。


「頑張ってるね」


 そう言って、七海さんは隣に座った。カラオケで膝の上に座られたことを思い出して、ちょっと身構える。そんな内心は見破られていたのか、七海さんは笑った。


「したいけど、しないよ。高梨くん」


 高梨くん呼び。いつもの転校生呼びではないということは、学校モードの七海さんだ。


「でさぁ、高梨くん。頑張ってるのってモテるため?」


「違うよ」


「本当に?」


「本当に」


「モテたくないの?」


「七海さんにはモテたいかも」


 いつもからかってくる仕返しにそう言った。すると七海さんは「うぇ!?」と変な声を出して、顔をぼっと赤くする。


「そ、それって、私のこと、好き……ってこちょでいいんだよね?」


「ごめん、嘘。冗談」


「転校生?」


 七海さんが真っ黒な笑顔になってしまった。圧が凄すぎて、ひっ、と情けない声が出そうになる。


「言っていい冗談とダメな冗談があると思うんだ、ねぇ転校生?」


 じりじりとにじり寄ってくる七海さんを宥めようと声を出す。


「七海さん、素がでてる、でてるから!」


 そう言うと、俺の意図が伝わったのか、七海さんはすっと元の位置に収まり、周りをきょろきょろと見回した。俺も倣って辺りを見ると、近くのクラスメイトたちは輪になって会話に夢中で、どうやら気づいていないようだった。


 危なかった。俺の身の危険もそうだけど、素の七海さんを見られれば、どうなることかわからない。俺が言うのもなんだけど、素の七海さんは受け入れられ辛いと思う。今までの七海さんを知ってる人間だと尚更だろう。


 でもいつか……。


「素の七海さんが友達に受け入れられる日がくるといいね」


「いや、それはいいや」


「え?」


 驚いて、短い声が出た。そんな俺を七海さんは笑う。


「たしかに、そうなればいいと思うけど、私には高梨くん……ううん、転校生がいるしね」


 それに、と七海さんは続ける。


「転校生が前に言ったように、形はどうあれ友達は友達。私が素を出せなくても、友達は友達で、そんな関係に不満はないよ」


 形はどうあれ友達は友達。自分で言った言葉。


 俺は、はしゃいでいる3人を見る。


 本当にそうなのかな?


「おーい、高梨くん?」


 考え事をしてぼーっとしてたら、目の前で手を振られた。


「あっ、ごめん」


「いいよ。それで、結局、高梨くんは、どうして頑張ってるの?」


 それは、七海さんと自信を持って話すため。そして友達になるため。


 今日、七海さんに話しかけることはできた。だけどそれは、皆と一緒に頼み事をするという事務的なもの。色んな子に囲まれる七海さんに、一人で雑談をもちかけることはまだ難しい。今だって、話しかけられなければ、話すことはなかっただろう。


 まあでも、そのままを口にするのは、何となく憚られる。だから俺は少しだけ濁した。


「自信を持つため、かな?」


「なんかカッコいいね」


 そう言って笑った七海さんの顔が眩しすぎて、俺は目を逸らした。

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