こういう時って、『馬鹿な男子』って言うんだよね


「やっほ、高良!」


 放課後練習二日目。公園にたどり着いた俺たちを迎えたのは、美鶴のそんな言葉だった。


「え? 美鶴? 何でここに?」


「放課後、楽しみにしててって言ったっしょ。ほら、これ」


 美鶴にタッパーを手渡される。手がくっついてしまいそうなくらい冷たい。


「レモンの蜂蜜漬け。運動を頑張る男の子には、やっぱこれだよね〜」


 ニカっと笑う美鶴の顔はとても綺麗でくらっときそう。実際に、俺の横に立っている3人は、かくん、と、こけかけていた。


「みんなの分もあるから、頑張って!」


 3人は一瞬固まった。少しして、モテるためにはしちゃあいけない、にやけた笑みを浮かべる。美鶴に目を戻すと、キモかったのか、はりついた綺麗な笑みを浮かべている。


 なんて対照的な笑みなのだろう、そう思いながら、俺は美鶴に礼を言う。


「ありがとう、美鶴」


「いえいえ。好きでやらしてもらってますから、こっちこそありがとう。というかまぁ、こんな押しかけるような真似してごめんね〜」


 そう言って美鶴は「じゃあ頑張ってね!」と去ろうとした。が、3人に引き止められる。


「よかったら、一緒にサッカーしませんか?」


「よかったら、一緒にサッカーしませんか?」


「よかったら、一緒にサッカーしませんか?」


 貧困すぎるボキャブラリー。それしか、誘い文句を知らないのだろうか。


 みんなの顔を見ると、緊張してガチガチになっちゃってて、よくもそれで誘えたもんだ、と思う。まぁでも、美鶴みたいな美少女と遊べる機会、健全な男子高校生なら逃したくない気持ちはよくわかる。


「美鶴もやってみない?」


 尋ねると、美鶴は首を振った。


「誘ってくれて嬉しいんだけど、ローファーだしやめとく。ああでも、見学させてくれるのなら嬉しいかなぁ」


「見てて楽しい?」


「そりゃもう。カッコいい姿を見せてくれたら余計ね〜」


 美鶴がそう言った瞬間、男3人がキリッとした顔つきに変わる。


「おい、練習始めっぞ!」


「遅いぞ高梨。早く、位置につけ」


「さーてと、軽く、やっ、ちゃい、ます、か、と」


 そんな3人に、美鶴が冷めた眼差しを向けているのを無視して、昨日と同じく鳥籠を始める。


 数分して、中に行った回数は、池くんが5回、川合くんが4回、海原くんが5回、そして俺が0回。昨日の今日で俺は進化を遂げ、カンテラ出身の如くロンドが上達した……わけではない。


 美鶴は公園のベンチに座って楽しそうにこっちを見ている。それを見て、男3人はにへらと口を緩めている。皆様方がお上手な理由はこれだった。


 カッコいい姿をみせるつもりではなかったのだろうか。こんなんでは、本番、女子に活躍してるところを見てもらえないだろうに。女子を見て活躍できない、の間違いになるだろうに。


 俺は足元に転がってきたボールを止めて、指で笛を吹くジェスチャーをする。


「んだよ、高梨」


「池くん……もう池でいいや。池、川合、海原、聞いて欲しいんだ」


 美鶴に聞こえないような小さな声で話す。


「美鶴のこと、いや、可愛い女子のことを意識しすぎてない?」


「ば、ばか、そ、そそそ、そんなはずねーだろ!」


「高梨、言っていい冗談とよくない冗談があるぞ。今回は前者だ」


「そうだよ、高梨くん。僕みたいな未来のヤリチンが、一人の女子に見られるだけで、下手になったりしないよ」


「いやもう自覚あると思うから言うね。このままじゃ、球技大会で無様な姿を晒すことになるよ」


 俺がそう言うと、3人は黙り込む。しばらくしたのち、池が口を開いた。


「確かに、高梨の意見は一理ある。修行僧みたいに雑念を払わなきゃなんねえ」


「そうだな。滝行が必要だ」


「うん、今からしよう、あれで」


 海原が指を差した先には、美鶴が座っているベンチ、の、隣にある水飲み場。通常の蛇口と噴水タイプの蛇口がついているやつ。


「え、嘘でしょ。小学生でもしないよ、そんなこと」


「高一男子ってやつは、小学生より馬鹿なんだよ!」


「いやいやいや! んなことないって!」


「そうか、そんなに滝行したいか。なら、今すぐ体操服に着替えるんだ」


「俺もやるの!?」


「あたりまえだよ。発起人がやらなきゃ始まんないよ」


「発起人じゃないし! 水飲み場じゃ煩悩払えないって! こう大自然とか、スピリチュアルとか、パワーとかそういうので払えるんだって!」


 どうして公園の水飲み場で滝行なんてしないといけないんだよ! 何も知らない人が見たら、通報まったなしじゃないか! そもそも煩悩を払うとかじゃなくて、ただ意識しなければいいだけだろう!


「高梨が滝行しないってんなら、俺らもやめとく? 煩悩残って、大会ですぐ負けちゃうけど、やめとく?」


「高梨がやらないなら、仕方ないな。負けるか」


「そうだね。あー、勝ちたかったなぁ」


「わかった! やるよ!」


 やけくそ気味に叫ぶと、笑い声が大きくなった。


「高梨ってノリいいよな!」という言葉を背に、制服を脱いで体操服に着替える。すると、他3人も着替えはじめ、全員が体操服になると、水飲み場へと向かう。


「あれ、どうしたの? 練習は?」


 美鶴が不思議そうに首をこてんと傾げた。俺はそんな美鶴に「煩悩を払うから見ないでくれ」と告げ、俺は蛇口の下、排水溝の上であぐらをかく。季節はもう夏で、下が乾いていたことだけに救いを感じた。


「え。え?」


 戸惑う美鶴を無視して、ニマニマしている男3人はカウントダウンを始める。


「「「それじゃあ滝行まで、3、2、1!! アクション!」」」


 なんでアクションなんだよ、と思ってすぐに頭に冷たい水がぶつかってきた。頬を流れ肩をつたう水が冷たすぎて声が出てしまう。


「つめてぇ!!!」


 そんな俺の反応にゲラゲラ笑う男3人。俺は立ち上がり、口を開く。


「次は誰やるの! 蛇口全開にして、風邪引くまで滝行させてやるから覚悟しろな!?」


 みんなは「きゃーこわい!!」などと言いながらも、嫌そうにせず、次誰が行くかわちゃわちゃ話しあっている。


 俺はため息をついて、呆れてないか、美鶴を見る。美鶴は楽しそうにけらけら笑っていた。


「こういう時って、『馬鹿な男子』って言うんだよね」


 美鶴はそう言って、また笑った。


 不思議なことに、してよかった、と思えてきた。それに正直、楽しくて仕方ない。


「おい、高梨、次は海原だぞ。徹底的やってやろうぜ」


 池から声がかかり、俺は男どもに混ざる。


 結局その日は、濡れた体操服が乾くまで、わちゃわちゃと楽しんだ。

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